ふたの近代化

昨日からのつづき。
【概要】
?ふたのあけぼの?
原始的なふたの誕生
?体系確立?
カスタネット保存法
*****
?近代におけるふた?
カスタネットに食物を仕込むことによって、その食物が腐りにくくなった、様な気がすることに、人々は歓喜した。
「これで、いままで腐らせてしまっていたものも、次の日に使うことができる」
「彩りもあざやか」
「携帯に便利」
しかし、この流行も長くは続かない。
多くの人々が、中に食物を入れていることを忘れ、カスタネットを打ち鳴らそうとする事件が多発。
彼らの衣服に、ねちゃねちゃしたものがつく事となったのである。
「せっかく食物を保存できそうなのに・・・。もっといいものはないのだろうか」
この問題が浮上しているまさにその頃、日本に海水浴に来ていた食物学者が、有明で驚くべきものを発見する。
「貝飯」は、当時流行っていた書物「有明おもしろ話・弐」に掲載されていた「まずい飯は貝に食わせろ」というコピーを元に、冗句で作成されたものである。
はまぐりの貝殻に飯をつめ、その口を味噌で封したそれを見た学者は、母国のカスタネットのことを思い出さずには入られなかった。
「貝飯の考え方なら、食物の保存とカスタネットが両立できる」
また、貝飯には、カスタネットよりも密封性が高いという利点もあった。
貝飯を所持して帰路についた学者は、船上でその機能美にまた、感嘆の声を上げたと言う。

ふたのあゆみ

?ふたのあけぼの?
大昔、人々は保存に回すほどの、言い換えると「ふた」が必要なほどの食物を手に入れることはできず、そのメリットも少なかった。
食物を手に入れることはいくらか危険を伴うものであったし、一方手に入れようと思えば周りにいくらでもある、そういった環境だったからだ。
そんななか、一部の熱帯地方に住む人々の間では、スコールによって食物が濡れないように、動物の頭骨内に食物をつめていた。
これがもっとも原始的な「ふた」の形と考えられている。
図:雨をしのぐ人を表した壁画
互●   |||
   ● ● ●|
   \ぬ\    ぬ
   互     互  
?体系確立?
16世紀まで、原始的な「ふた」は存在したが、基本的には人々は食物をほったらかしであった。
よって、運がよければ乾燥し保存が効くものになっていたが、大抵は腐らせていたである。
しかし人々はこれを仕方のないことだと考えていた。
「私があなたを愛さないことは、物が腐らないことと同じくらい、ありえないことである」
16世紀の劇作家ヤキミソの言葉が有名である。
しかし17世紀初頭、哲学者エトークは、安かったために買いすぎた食物を目の前に、「どうにかこの食材を明日へ持ち越すことができないか」と考えた。
そこで彼は以下のことを試した。
・土に埋める
・ときおり、暖かい息を吹きかける
・ストッキングに入れて振り回す
・つぶす
・わきの下に入れておく
これらの方法はうまくいかず、腐るか、自分がいやになるかだけであった。
しかし唯一、長持ちした方法が見出される。
それが「カスタネットの中に入れてみる」であった。
今日では、カスタネットの上部分が「ふた」の役割を果たしたことは想像に難くないが、当時としては画期的な発見であった。
「カスタネットに食物を入れておくと、腐らないことがある」
エトークの発表に人々は驚き、翌日楽器店は大騒ぎとなった。
明日
?近代における「ふた」?

カウントダウン

ディズニーのCDを聞いていたら、何か、年越しのシーンなのだろうか。
みんなでカウントダウンするところがあった。
そんなものが入ってるCDも不思議ではあるが、アニメやドラマ系の音楽媒体では、有名なワンシーンがそのまま音だけ入っていたりすることもあるので、聞いている人が恥ずかしい以外、特に影響はない。
問題は、そのカウントダウンが「25」から数え始める点だ。
そのCDはどうやらディズニーが25周年を迎えたときに作られたものらしく、ディズニーキャラクタがみんなで「25」から数え始めるのである。
「にじゅご!! にじゅよん!! にじゅさん!! にじゅに!! ・・・」
カウントダウンについて、正直あまり考えてこなかったが、これを聞いたとき、かなり長いなと感じた。
途中から早く言いたくなるくらいなのだ。
風呂場の親子かおまえは。
そいつらだって、子供に数えさせるのはおおかた「100」だろうが。
このカウントダウンのゴールはもちろん25秒後に訪れるわけだが、それにしても長い。
萎える。
こんなカウントダウンじゃ勃たねえよ。
カウントダウンでそうなってしまっても困るが、ある意味カウントダウンでそうなってないでどうするという見解もある。
それは置いといて。
この「カウントダウン25秒は長い」という感覚は、大抵のカウントダウンは「10」から始まる、という事実が影響してそうだ。
年末の年越し番組が思い出せない。
思い出せないが、1分前からカウントダウンって、たぶんやってないと思う。
たぶん10秒だ。
10秒なら、途中で諦めることはなさそうだし。
今回の25カウントダウンも、25周年からの特別仕様なのだろう。
さて、こうなると気になるのが、ディズニー26周年のカウントダウンである。
これについて僕は現在なんら情報を持ち合わせていない。
いないが、まあ10からでしょうな。

静かの海

ごくまれですが、かなりなオチが生み出されることが、このブログにはあります。
確か「博士の愛した数式」では、例の元数学者が懸賞の問題を解く描写があった。
そしてその問題を解いたとき、彼は「静か」という心境に立つ。
程度の差はあれど、僕もナイスなオチがつくと、そんな感じになる。
「ああ、静かだ・・・」
「・・・うーん、静かだねえ」
「・・・」
「・・・」
「・・・んー」
「・・・いいね、すごくいい」
「やっぱりいい」
「それ、琥珀じゃなくてべっこうあめですよ、か」
「それ、琥珀じゃなくてべっこうあめですよ、だと!!」
このあとすごく滅入り、違う方向で静かになるのだが、それはまた別のお話。

ほれた男

なんかわからんが、いいコピーがひらめいた。
「ほれた男」になんてなりたくない。 高倉健
絶対に、ではないが、上にあるように高倉健に合う気がする。
彼、よく「ほれた男」って言われていそうだから。
☆☆☆☆☆
[高倉健が明かす「こんなだから、俺は不器用なんだ」と思うこと ベスト10!!]
改札での「定期券出し入れ」がうまくいかない
カメラ前での自然な笑顔ができない
新聞紙をビニールひもでぴっちりまとめられない
といでるそばから、米がこぼれるこぼれる
TVゲーム会話画面でボタンを連打し、重要な選択肢をのがす
持ち前のユーモア精神を、色んなところで出せないでいる
ウィンナーをタコにできない
「せみ」以上に高度な折り紙ができない
切れた蛍光灯が交換できない
世間話ができない
☆☆☆☆☆
これらができたら、必ずや「ほれる男」になれるんだろうね、健!!。

口げんかを終わらせろ

=====
「おまえが○○だから、こうなったんだろ!!」
「あんただって××じゃん!!」
=====
これでは永遠にこの口げんかは終わらない。
一見終わったように見えても、それはどちらかがこの場での言い合いをあきらめたり、おなかが空いてきたり、何かの時間がきてしまったりしたための、いわば一時休戦の状態でしかない。
要は、口げんかは、両者が納得しうる結論に達しない限り、永遠に終わらない。
下手すると、彼らが死んでも、それは例えば書物のような形に変わり、終わらない。
事実、この世に存在している書物や戯曲の多くが口げんかの遺産である。
智恵子抄
・・・ごはんを食べるのが遅い高村光太郎に、智恵子が怒ったのが発端。
この詩集で智恵子が許したかは不明。
ファウスト
・・・牛乳配達のお兄さんがゲーテのことを知らなかったのが発端。
どのようなけんかにより、この戯曲が誕生したかは不明。
ミスター向田の年明けライドオン!!
・・・作者不明(おそらく向田さん)
さて、さっそく口げんかをうまく終わらせる方法であるが、ポイントは、「いきなりケンカ内容を、結論が決まっている話題へとずらしていく」ことにある。

「おまえが麦茶と天つゆを間違ったから、こうなったんだろ!!」
これに対して、
「仕方がないじゃない」
「だからどうだってんだ」
このあと、永遠に続くやも知れぬ不毛なやり取りを望まないならば、これは禁句である。
僕ならばこう言い返す。
「でも、猫たちが寄り添って寝ているときに、その間に手を突っ込むのがいいに決まってるじゃん!!」
ここで「おまえこんなときに何言ってんだよ」と返されても、猫の話題に終始することが重要である。
するといつの間にか問題は猫の間に手を入れるかどうかの話となり、それは、結論がひとつしかないため、両者ともそれに達し、このけんかは終結を迎える。
ちなみに、こんな言い返しもいいだろう。
「何行ってんの!!。お好み焼きは、ソースまでかけたらもう後戻りはできないに決まってる!!」
「まとめると、もうそろそろ洗面所のすみを掃除した方がいいってことでしょ?」
「結局、物置の戸が閉まりにくいのは、荷物を多く入れすぎてるだけでなく、車輪がちゃちいからだよ!!」

届出

【質問】
学園祭のフィナーレで風船をたくさん飛ばしたいのですが、あれは特に届出などはしなくてもよいのでしょうか。
【回答】
届出は必要です。
まず防衛庁への申請が必要です。
「祭・フェスティバル等領空侵犯届」というフォーマットがありますので、それを入手、防衛庁へ申請を行ってください。
これを怠ると、レーダーが不審な信号を多数キャッチし、ブルーインパルスが出動。
ある意味学園祭に花を添えてしまいます。
次に地元警察署へ「未確認→確認飛行物体届」の提出が必要です。
これは学園祭フィナーレ後に頻発すると思われる、警察署への通報「UFOが飛んでいます」について、適切な対応を行うために必要です。
最後に地元猟友会への事前報告が必要です。
これは「猟銃を持った人間(含あのねのね)は飛んでいく風船を無性に撃ちたくなる」点と、「大空を飛んでいくはずの風船が、端から打ち落とされていく残念さ」を考慮しての手続きとなります。
以上の処理していただくよう、よろしくお願いいたします。

最速

世界最速の電車にテロリストが侵入。
進行方向と同じ方向にプラレールを転がした。
その地表からの相対的な速度は電車の速度+プラレールが転がったときの速度となったため、世界最速はテロリストのプラレールとなってしまった。
事態を重くみた政府は、ただちにプラレールを回収。
このとき、世界最速はテロリストのプラレールから政府のプラレールとなった。
一方、某国は「それでも世界最速なんだ!!」と驚き、直ちに国内で最速の電車に野球の投手を乗車させ、世界最速をもくろんだ。
しかし、あまりに急なことであったため、プラレールが間に合わなかった。
唯一電車内にあったのは、ホンヤドカリであった。
仕方がないので投手にホンヤドカリを投げさせ、これをもって世界最速とした。
「この場合、ホンヤドカリは何なのか」
当然の疑問が生じる。
「確かに、電車ではありません」
「しかし、そうなるとプラレールだってそうではないですか」
「その点、ホンヤドカリはぎりぎり乗り物です」
「したがって、わが国のホンヤドカリは世界最速の電車系乗り物です」
もう、みんながおかしくなっていた。
ある国は大型電車の中に小型電車を走らせる計画を立て、またある国は、赤道上にレールを引く工事を行い始めたのである。
追記
論理の変なとこ、つっこみはカンベン!!。

どこでもドアについて。

わからないのであるが、どう調べたらいいのかもわからない。
僕はドラえもんの「どこでもドア」が遠距離を移動するための道具だと思っていたが、先日こんな内容の話を思い出した。
確か、のび太とお母さんがケンカをする。
そして、二度とお母さんに出会いたくないのび太は、何かのドラえもん道具を使って「すごい距離を移動しないと母親には会えない」みたいなことを実現してしまうのである。
これで当分お母さんと顔を合わせることのなくなったのび太。
同じ家にいたとしても、出会いそうになると何かしらの事象が生じて、会わないのだ。
ところが、次第に心細くなってくるのび太。
やっぱ会いたいな。
しかし実現してしまった「すごい距離を移動しないと会えない」が問題として残る。
そのときのび太がひらめくのだ。
「どこでもドアで、すごい距離を歩いた先に行けばいいんだ!!」
晴れて母親の元で疲れきった体を投げだしたのび太である。
確か、こんな内容の話。
ここで気になるのが、どこでもドアで「すごい距離を歩いた先に行ける」という点である。
これはなんとなく「どこでもドアで、時間の行き来もできんじゃね?」と思わせる内容だ。
この話が僕の思い違いでないとしたら、どこでもドアは距離だけじゃなく時もどうこうできることになり、よりみんなのほしいアイテムになることうけあいなのである。
ただ、記憶がかなり曖昧だ。
縛りとなる「すごい距離」云々も、道具がタイムマシンではなく、どこでもドアであったかも微妙だ。
だから知りたいいやごめんそれほど執着していない。
ということで知人2人に聞いてみたところ、えへへ対応でした。

たれ

いわゆる「手タレ」という仕事がある以上、昨今の健康志向もあって、「腹タレ」がいることは想像に難くない。
これからその生息数が減少すると思われる、メタボなおなかを提供するプロである。
彼らが社会的に「でぶタレ」と違う点は、その体型を、薦められたものじゃあないよ、と宣言している点だろう。
彼らは「こんなおなかに、効く!!」といった感じの広告に登場するのであり、それは「こんなおなか、ダメ」と言っているのと等しいわけだ。
現在肥満は、降りもしないのに降車ボタンを押してしまったバス乗客のように、すこぶる敵視されている。
しかし上記のような人たち、または病により、故意では無いが見た目上はそういったことになっている人たちもいるのである。
そんな背景がある以上、彼らだけはその不当な扱いを避けられるべきである。
ところがそうなると、この制度(?)を悪用する人が現れるだろう。
医者「おや、ちょっと太りすぎですね。いけませんよ」
タレント「いや私、おなかのタレントでして」
医者「え、なんですか、それ」
タレント「○○胃腸薬のCMのおなか、あれ私なんですよ」
医者「そうなんですか。ちょっと触らせてください」
こうなって、無罪放免である。
これでは本職も、特に死んではいないが、うかばれない。
無論彼らは、そう遠くないうち、声をそろえて「メタボ免罪符」の発行を求めるだろうが、そうなると今度はメタボ免罪符の偽造が横行する。
本物のメタボ免罪符に印刷されている「太ってGOMENNE」の部分が、偽造されたものになると「太ってGOMENE」となっているのだ。
そうなると会議(なにかの)は、偽造問題とその精巧さもさることながら、そもそも本物に印刷された「太ってゴメンネ」自体が何事か、ということになり、踊る。
すると今度は新聞の一面が「会議は踊る。されど痩せず」といったことになり、後世になんとなく伝わるだろう。
これはこれでおそろしいことではあるが、何よりもおそろしいことって。
今回はこれで終わりということである。