うちの前の坂を下って15分くらい自転車をこいだら、その山の登山口にたどり着く。
山とは言っても、標高300mにも満たないけど。
10年くらい前、初日の出を見ようってことで、同級生と朝早くに登山口に集まったことがあった。
その中には当たり前のように好きな女の子がいて、その子に会いたいがために夜なべをして、自転車こいで一番にたどり着いたっけか。
山頂までは10分くらいかかって、山道は明かりひとつないから、懐中電灯で照らして。
僕は、仲間内である以上、好きであることを少しも見せないように振舞うという、なんだかよくわからない使命を忠実に守っていた。僕らは他愛もない話を交わしながら、真っ暗ななかを進んでいく。
無粋な金網で囲まれた頂上に近づくにつれ、寒さがひどくなってきた気がする。
足先の感覚がない。
頂上のベンチにつくやいなや、みんな座って小さく固まってしまう。
そのくらい寒かった。
ふと、僕の座るベンチに彼女も座っていることに気付いた。
僕より重装備だったけど、とても寒そうな手をしていた。
僕は使命なんか真っ先に忘れてしまって、ポケットに入れていた自分の手を差し伸べた。
彼女はうれしそうに手を握り返してくれたんだ。
その手はやけに冷たかった。
そのせいか、彼女は暖かい手だと喜んでくれた。
一方、僕はしずんだ気持ち。
その温度差がそのまま僕らの気持ちの差であるような気がして、すごく悲しかった。
ひどく個人的な気持ちで、好きであることを見せなかった自分による勝手な感情だけどね。
彼女はそれに気付くことなく、僕の手で暖をとっていただろう。
日の出は、僕らが臨んでいたほうとは全く違うところから顔をのぞかせた。
こうして、今でも正月を迎えるたびに、あの切ない気持ちがこみ上げてくる。
でもあの山は、青春の1ページとか言えそうな「思い出」には、ならなかった。
実は、まだよく行くのです。
カテゴリー: 物語
地獄機会
キャンプの目的は、キスをすることだった。
高校1年のときの、同級生達とのキャンプ。
夏休みを利用しての一泊二日。
僕の好きな娘も来ることがわかり、その日のことを考えるだけで何も手に付かないくらいだった。
キャンプ当日。
奥多摩にあるキャンプ場は、実際到着してみると、キャンプ場というよりは山の中のひらけた川辺。
人工物は何もなかった。
夕食の準備をしながら、僕は当初の目的を思い出していた。
キスをすること。
しかも、相手が寝ているあいだに、だ。
今となっては何を気持ち悪いこと考えてんだと思うけど、少なくともそのときはそこまで考えが及ばなかった。
彼女は既に誰かと付き合っていて。
それをどうこうする勇気もない。
ただ、そのキスで、僕は死ぬまでその思い出に浸っていられる気がしたんだ。
明かりもないそのキャンプ場で、高校生らしい妙なテンションで時間は過ぎていく。
みんな、寝る間も惜しんで騒ぐ勢いだ。
それでも、次第にその勢いは消沈しだし、眠ろうかムードに。
最初から雑魚寝を予定していたテントへ、各自のそりと入っていく。
僕は落ち着かないそぶりを見せないようにしながら当たり前のように、彼女の落ち着こうとしているところから、もっとも離れた場所を選んだ。
やなやつ。
けど、どうしたことか、その彼女が場所を変えて僕の隣を選んでくれたんだ。
青天の霹靂。
いい意味で。
さて、どうしてくれよう!?。
早朝、僕は静かに起き上がり、隣に寝ていた彼女を見た。
目的は果たせなかった。
「なんか違うな」とかいう理由の、勇気のなかったこともあるし、「それじゃ意味がない」とも思った。
なんかわからないけど、起きたときはもう打ちのめされた気分だった。
勇気のない僕。
好きな人が隣に寝ているだけでもう満足という、幸せの閾値が低い僕。
とにかく、滅入ってしまっていた。
まあ、テントで寝ているみんなの中で誰よりも早く起きたことは、確かなんだけど。
僕は結局何をするでもなく、あわてて散歩に出かけたんだ。
耳、空向けて、思うこと。
僕はよくサングラスをかけるけど、それはカッコつけのためじゃないんだよ。
いたって普通の理由。
まぶしいんだ。
でも、そのまぶしさは、「光」だけじゃない。
少し、情報が多すぎるんだよな、周りが。
光に加えて、その情報も少しは抑えたい、ってのがあるんだ。
小学生の頃、写生に公園に行ったことがあるんだけど、僕は砂利に混じって落ちていた吸殻、視野に入る全てを正確に書こうとして。
全然時間に間に合わなくて、しかも熱中してたから集合忘れて、置いてかれちゃった。
すごく怒られた。
そこらに掲げられている広告なんて、そんなに注目することないじゃない?。
でも、いちいち目に入ってくる。
そして、それに対して僕は考えるという反応をしてしまう。
建物の、誰も気付かないような高いところにいるヤモリを見つけるのが得意。
人の視線の行く先。
歩き方。
立ち方。
表情。
靴の紐がほどけそうだな。
あの人、僕を怪しんでいるな。
それに個人的な評価をする、なんてことじゃないし、僕の考えがまっとうかどうかはすこぶる怪しいものなんだけど。
いちいち反応しちゃうんだよな。
好きな女の子なんて、見れたものじゃない。
その些細なしぐさが気になっちゃって。
そしてそれに、意味を持たせすぎて。
気持ちとは対照的な行動をとったりして。
小学生か、僕は。
だから情報を抑える。
夜にサングラスをかけているとき、ほとんど視野は遮られちゃうんだけど、なんだか落ち着く気もするんだ。
立ち止まり、目をつむる。
大きく深呼吸して、背伸び。
首を大きく傾け、筋を伸ばす。
耳が、夜空の広さを感じているような気がする。
今日は、なかなかの星空みたいだ。
触らば落つるそう柿のよに。
誰だって、異性に触れれば、少しはどきりとくるはずだ。
もちろんいやらしい意味じゃなく、例えば物を渡すとき、手の触れ合ったりすること。
そんなことでも、妙に意識してしまったりするでしょ?、そりゃあ。
僕もそう。
というか、触れたら即恋というくらい、好きになってしまう。
そしてそれになんだか罪悪感を感じる。
だから、それはもう誰にも、特に異性には触れないように生活していた。
物理的にも、精神的にも。
あれは高校2年のとき。
美術室の掃除係だった僕の班は、いつものように集まりが悪かった。
僕と男子生徒、そして一人、女子がいた。
美術室の掃除だって、そんなに大変なものじゃない。
班員全員が集まればすぐにも終わるものだ。
だけど、班員は半分だから、少し面倒。
椅子の足の裏をぞうきんで拭くのにも、時間がかかる。
それでもそうこうしているうちに、掃除も終わりかけてきた。
そこで、僕はゴミ箱に設置する袋がないことに気付いた。
これは職員室の前の棚まで、取りに行かなくちゃならない。
僕は班を解散させると、一人で取りに行くつもりだったけど、何故かその女子が一緒に付いてきた。
なんで付いてくるのか、僕にはわからなかった。
さっきも書いたけど、僕は「異性に触れないように」立ち回ってきた。
せっかく掃除も終わったんだし。
無理に僕に付いてくることないんじゃないか、なんて。
職員室の前についたはいいけど、僕は空気を気にしていた。
「異性に触れないように」の生活はしていたけど、別に誰かを邪険になんかはしなかったから。
でも、その子が付いてきたことがいまいち不可解で。
二人は妙に静かだった。
僕はかがんで、何も言わずに棚をざっとのぞき、10枚入りのゴミ袋セットを見つけ、それごと棚の上に持ち出した。
その間、その子は後ろで何も言わずにそれを見ているんだ。
何なんだろうと思いつつ、何か面白いことでも言うかと思いつつ。
僕は結局無言で、そこからゴミ袋を一枚、取り出そうとした。
すると、10枚のゴミ袋をまとめていた袋が破けてしまって、10枚全てが出てきてしまった。
なんとなく不可解な空気が流れている中での出来事で、固まる僕。
すると、今まで静かにその挙動を見ていたその子の、くすりと笑う声が聞こえたんだ。
その顔を思わず見てしまった僕、の顔と、そのゴミ袋の束を、見比べて、にこにこしている。
僕はなんだか急に罪悪感を覚えて、たぶんひきつった笑顔をして、10枚ごとゴミ袋を手にし、美術質に続く廊下を歩いた。
その子は後ろから、何もなかったかのように付いてきた。
その後、僕はその子とも、そして誰とも色恋沙汰が発動することなく、高校生活を終えた。
「異性に触れないように」することは、一見完璧に遂行されたように思える。
でも、今でもゴミ袋を取り出すとき、まとめて取り出さないように注意しながら、やけに妙な罪悪感がぼんやりと浮かんでくるんだ。
稚拙だ髪の、掻き上げ方。
『あぁ、あの子はキスをしてほしかったんだなぁ』
何よ?、急に
『何故か今、突然わかったよ』
ど、どういうこと?
『まだ中学1年くらいのとき、近くに幼馴染の女の子がいたんだ』
ええ
『よく遊んでたんだ。その日もそうだった』
『夕方。日も暮れかかって、ボールを捜していた僕らはもう帰ろうとしていた』
『そのとき、探しに行ってたその子が言うんだ』
はあ
『向こうの公園のベンチで、カップルがキスしてるって』
へえ
『僕は正直、なんでそんなこと言うんだろ、とそのとき思ったよ』
『それに、遊び疲れていた』
『そんな僕に、その子はこう言ったんだ』
なんて?
『ちょっと、一緒に見てこようよ、って』
ほう
『僕は気が乗らなくて、えーいいよー、って言った』
うん
『そして、ほんの少し間が空いて、彼女はそうだねと言ったんだ』
うん、で?
『その間、それがよくわかんなかったんだけど、今、わかった』
え、それでさっき言った「キスしたかったんだ」になるの?
『うーん、そうなんだけどね。』
『けど、なんだか分からないけど、分かる。そんな感じ』
・・・で、なんでそんな話を?
『本当に突然、今分かったんだよ。うん、偶然だねぇ』
・・・このままだと、次に私がそんなことを誰かに言わなくちゃいけなくなるかもね・・・。
俺の話を聞け。
「今日のインタビューは、ナイスピッチング、9回を投げきりました、宇多川投手です。」
宇多川「どうも。」
「今日はお疲れ様でした。」
宇多川「そうですねー。一時はどうなることかと思ったんですけど、どうにか男米も病気にならず、無事でしたね。」
「ところで今日、一番ポイントだったシーンはどこだったでしょう?。」
宇多川「やはり、女の子のくしゃみはたいていかわいい、という点ですかね。なんだか、突発的な事象の割には、まるっこい感じしますよね、女の子のくしゃみ。」
「立ち上がり、いきなり四球でしたが?。」
宇多川「そうですね。近くで新聞とか漫画、ゲームをやられると、こちらとしてものぞき見してないよオーラを出さなくちゃいけないよな、って。あなたの作ってるメールなんか見てませんよ、って。そういうのも重要なんですよね。」
「やはりそうでしたか。」
宇多川「そうでしたよね。」
「では、最後に、球場の皆さんにメッセージをどうぞ。」
宇多川「前から気になっているんですけど、アスワンダムとアスワンハイダムって、どっちかでいいじゃんと思うんですけどね。もう、2つともアスワンダムのようなもの、でいいじゃないですか。ありがとうございました。」
「ヒーローインタビュー、宇多川投手でした。」
スタジオ
「どちらも引かず、大熱戦でしたね。」
親指
パンダの親指の話を知っているか。
詳細なことは全然分からんが、パンダには、物を掴むとか、ちょうど人間の親指のような使い方をしている指があるが、実はそれは親指ではないんだ。
親指はちゃんとあるが、それはパンダの手の構造上、物を掴むことが難しい。
そこでパンダは親指に相当するものを進化の過程で生み出した、ということらしいんだ。
いや、どこまで本当か、進化を考える上でどれほど重要なのか。
それはわからないよ。
でも、僕が気になるのは「掴むことを我慢しようとしたヤツはいなかったのか」ということなんだ。
いたはずなんだよ。
葉をしごき取るために笹をなでていたヤツと、葉を取るのを我慢したヤツ。
でも、現在は一方だけ。
さっき言ったとおりだ。
え、何が言いたいかって。
考えてみろよ。パンダの親指について、我慢したヤツはいたに違いないけど、そいつは今はいない。
それが何故かは、重要じゃない。
重要なのは「我慢の跡は見かけ上、無くなる」ということだ。
葉を取るのを我慢したヤツはいたのに。
その痕跡も、そいつについても、今ではもう何も無い。
我慢というのは、最終的には何もありませんでした、ということになってしまうんだ。
な、我慢ってのは、そういうもんだ。
「ということで若菜、我慢なんてものはな」
「なぐさめてるつもり!?」
箸入れが、私の頬をかすめて飛んでいく。
妻にはちゃんとした親指があるようだ。
明日も見てくれるかな。
さっき、神託が下った。
急だった。
「今日、13時00分に新宿アルタ前の広場で願い事を叫べば、叶う。」
これが神託なのか分からないけど、僕はそう感じた。
今、12時50分。
場所、所沢。
間に合わない。
間に合わないのが神託たるゆえんかもしれない。
でも、とりあえず僕は新宿方面に向かって歩き出した。
12時52分。
近くを歩いていた人に、新宿方面がこちらの方向でよいのか、訪ねてみた。
知らないと言われた。
間に合わないながらも焦ってきた。
12時54分。
分からない方向に走りながら、願い事を考える。
お金か。
才能か。
異性か。
どれも捨てがたく、その時になったら自然と口にするものを願い事にしようと思うが、その考えも弾む息とともにかき消えた。
12時57分。
走り疲れ、足がもつれ。
それでも分からない方向へ、歩き続ける。
見知らぬ公園を横目に、12時59分。
疲れはててもう動けないはずだったが、なぜか僕は公園の中心に向かって走り出した。
時間を確認しなくても、今、13時00分であることがわかる。
名も知らない公園で僕は、このとき自然と口にするべきものを、口にした。
「俺を、アルタに連れていってくれ!!」
理想犬
「理想の犬の育てる」みたいな本があった。
犬猫に興味がなく、彼らにそれほど理想を見ない私にとって、その本の内容は「お金の入ったポリ袋を咥えてこさせる」的なことが書いてあるように思えてならなかった。
しかしすぐに、私にも少なからず犬猫に要求する理想があることに気付いた。
まずはトイレ。
部屋を目的もなく歩きまわる彼らは自由奔放でかわいいが、トイレはそうであっては困る。
それにご飯。
あまりに贅沢なものしか食べない、なんてことも困るのだ。
いたずらもだ。
かまってやる時間がどれほどになるかはわからないが、家中をかき乱すようなことは、やってもらいたくない。
あと、愛玩性。
これは、言うまでもないだろう。
なんだ、私もずいぶん、理想が高いじゃないか。
これじゃ、飼えないな、犬猫なんて。
と、ふと思う。
他人の思う、理想の犬とは、何なのか。
少し、その本が気になりはじめた。
私は本を手に取り、「はじめに」と書かれたページを開いてみた。
こう、始まっていた。
「まず、飼わないためには」
私はレジに向かった。
僕はうたった。
神「人が、しぬ。世界が、つまらなくなる。」
神々「なにそれ!。なにそれ!。」
神「簡単な詩、みたいなものを作ってみました。」
神々「なんかかっこつけだけど、いいねぇ。」
神々「うん。いいねぇ。」
神「じゃあ、僕もやってみる。」
神「♪起爆装置に小便かければ 果てるものかと 我慢の装置」
神「♪あ、ソレ オーマイサン? オーマイサン」
神々「なにそれ!。なにそれ!。」
神「反戦の気持ちをうたってみたよ。」
神々「反戦はいいけど、詩の方が大変だねぇ。」
神々「うん。大惨事だねぇ。」
神「え?。何がいけないのかな。」
神々「小便。」
神々「起爆装置。」
神々「合いの手。」
神「じゃあ、それを踏まえてみる。」
神「♪銃器片手に雨に唄えば 見渡す限りの 包囲網」
神「♪あ、ソレ 包囲網ったら包囲網!!」
神「♪包囲網ったら包囲網!!」
神々「増えたね。」
神々「増えた。増えた。」
神々「大増量だねぇ。」
※
僕はまとめた。
僕はくぎった。