昨日から。
【あらすじ】
「花火に消された言葉」。
言葉や音楽、すなわち音というものは、より大きな音に消されるものである。
それはしょうがないことであるが、もちろん消されることがイカンこともあれば、消されることでむしろそのときがより意味深いものとなったりして、いろいろだ。
本日は、上記のことを考えていたら見つかった「礼儀を知らない音」について。
=====
「礼儀を知らない音」。
勝手に考えたが、その割には思い当たるフシがいくつかありそうではある。
おなら
葬式中の着メロ
カラオケで娘がいる人の前で歌う「娘がねじれる時」
時代劇撮影中のヘリコプター音
怪我をしている人の周りのシャッター音
しかし、ここでの「礼儀を知らない音」は、先日から論じている「消される音」についてのもので、そしてもっと広い意味で扱うものである。
それは「中途半端な音量であるもの」。
それ以外の何者でもない。
花火の音なら、どんないいことを言ったとしても、聞こえなくていい。
汽笛の音に、君を呼ぶ声が遮られても、なんだか心象悪くない。
重要なのは、これらが「音を完全に消してくれる」点である。
要は大音量ということだ。
では、「中途半端な音量であるもの」が「礼儀を知らない音」である原因を考えてみよう。
ここで扱う「中途半端な音量であるもの」は「ちり紙交換」のアナウンスである。
=====
男「なあ、もうそろそろ、ご両親と会っておきたいんだ。」
女「え、それって、どういう意味・・・?」
ちり紙交換「古新聞、古雑誌。」
男「君が好きなんだ。」
ちり紙交換「ぼろきれ。」
女「あ?」
=====
うわあ。
せっかくの告白が、中途半端な音量であるものに邪魔され、相手にとっては「何か言ったが、よく分からない」言葉になってしまった。
これが「音を完全に消してくれるもの」であれば、相手は「相手の言ったことは完全に消されてしまった」と理解でき、その場の雰囲気でそのことを聞き返す、もしくはそのままにする、などできるのである。
しかし「中途半端な音量であるもの」については、もう少しで何を言ったのかを判断することができるため、相手としては率先して言ったことを確認しよう、というあせり、衝動が生じてしまう。
このとき、重大発言をした側としては、重要なことや思い切ったことを再度喋るという点に、つらいものがある。
さらに礼儀という点では、相手の言ったことを聞き返す行為自体が「礼儀を知らない」点として挙げられる。
この例では、彼女は「あ?」と聞き返している。
これは相手、つらい。
別の彼女なんかになると、
「あ?」
「あに?」
「あんだって?」
と続き、さらにつらい。
何がつらいかって、「あ?」と聞き返してるときの人の顔は、ひどい。
「え?」という聞き返しも、そうでもないかもしれないけど、やはり聞き返されてるという点で、つらい。
これは別に、彼女が悪いわけではなくて、完全にちり紙交換「礼儀を知らない音」のせいなのだ。
また、この例では、彼決死の告白を古雑誌とぼろきれでサンドイッチしている点も、礼儀知らずだ。
一方、ちり紙交換のアナウンスがもっと大音量であったなら、例えば彼女は、その車が去るのを待ってから、あらためて聞き直すことをしたりでき、問題ないのだ。
以上より、「礼儀を知らない音」とは「中途半端な音量であるもの」なのである。
そして、ある言葉、音を消す場合は、それを消すときに発する音の音量が重要なのである。
・・・やっぱり、賛同を表す歓声は聞こえないな・・・。
カテゴリー: 汎用性より低い
花火に消された言葉たち
昨日から。
【あらすじ】
「花火に消された言葉」!!。
「!!」は付けなくてもいいと思うけど、いい味出してる言葉だ。
言葉や音たちだって、花火音になら、消されても文句ないだろう。
なんかノスタルだしね。
=====
で、前回は「花火」だが、他のものを考えてみる。
1.汽笛
これも、他の音を消してまう恐れのあるヤツ。
だが、こいつに消されたとしても、言葉や音たちは文句ないだろう。
なぜかというと、汽笛のハードボイルドさには勝てない、と感じているからだ。
2.選挙カー
選挙カーから発せられる、アレである。
僕は人間ができていないのか、天邪鬼なのか。
あんまししつこく選挙カーっぷりを発揮されると「お前にだけは票を入れん」と思ってしまう。
そして、そんなアレに言葉や音を消されることはない、とは言えない。
だいぶ、せわしいときがある。
アレには感慨深さなどはあまりないと思われるため、そんな音に消されては末代の恥と、選挙カー近くの人は大声で喋り、言葉や音たちも奮闘するのだが、いかんせん向こうにはツール(主に拡声器)があるため、結果、音たちは消されてしまう。
音たちの宿敵である。
3.軍艦マーチ(軍艦行進曲)
最近のパチンコ屋さんで流れているかどうかはわからないが、以前は何をもくろんでいたのか、景気よく流れていた「軍艦マーチ」。
それゆえ、多くの人はコイツに言葉や音を「消された」経験があるはずだ。
・・・どうだろう。
そのとき消された言葉や音たちは、ちゃんと成仏できているだろうか。
僕自身は、軍艦マーチに存在を消されると、ちょっと悲しい気分になる。
あの、なんだかスーチャラら感じのに消されるのか・・・、と。
だから、そんな気分でいまだそのときの音はそこらを漂っているかもしれない。
だからもう一度、その言葉を発してあげて、供養してはくれないだろうか。
「オニイサン ヨクデテルネ」
一筋の光が、夜空の一番深いところへ、吸い込まれていく。
明日。
「礼儀を知らない音」について。
花火に消された言葉
どんなに重要なアドバイスでも、愛の告白でも。
次の試験範囲の発表だって。
そんなこと言ったら、病院窓口での呼び出しや、セリの掛け声。
マラソンスタート時のピストル音や、ウグイスの鳴き声も。
もういいだろうけど、とにかく言葉、音。
みんな、どんな重要な言葉でも音でも、花火によって聞こえなくなっちゃうんだったらしょうがないか、と思っている。
いいよいいよと思っている。
むしろ感慨深いよ、聞こえないのも、と思っている。
言霊ですら、そう思っている。
タイトルはゲームミュージックの曲名なんだけど、ゲーム中でこの曲が流れるシーンは、この曲名にぴったりの場合が多く、とてもよかった。
冒頭のシーン(重要なアドバイス)で、やってみよう。
注:****部分が、花火音(どーん!!)
「部長、この資料なんで*************いんじゃないですか。」
「杉山く*****************もし。」
「パ****************。」
「**********!!。****************!?。」
いっけね花火多くあげすぎちゃった。
まぁ、これはこれで、とてもよかったよね。
次回
音たちがうわさする。
「この音なら、僕らは喜んで消えるよ!!」な音について。
就寝へ向かい。
本日はなぜか新規記事がうまくupできないため、これ幸いにとプリンでも食べながら寝転がり、ネタも書かずにそのまま就寝。
もくろんだがしかしプリンがないため水を飲み、プリンがないことは往々にしてあることだと自分に言い聞かせながらも視界の端に鈍く光るものを認める。
視線を移すとそれは移動し、また視界ぎりぎりの位置をキープする。
はたして飛蚊症なるものかと考えたがよくわからず、その鈍い光を追ってきょろきょろする。
行為に俺は反射した光を追うペンギンかとツッコミを入れてみたもののそれを裁定するものもおらず、その光が魚の腹かと勘違いしその一挙手一投足に心奪われ首を振るペンギンの所業を悲しむものもいない。
最近の朝は寒く、手をぐーにしていてもそれは凍え、ぱーにでもしようものなら途端に指が腐れ落ち、結果的にはぐーになり、とてもひどい。
そんな寒さを吹き飛ばそうか、居酒屋にはホッピーと書かれた旗がばためき彩るが、いかんせんホッピーの字体がぴんぴんしていていけない。色あせる始末。
本日はなぜか新規記事がうまくupできないため、これ幸いにとネタも書かずにそのまま就寝。
※文章パクりっぽい点、疲れているということで許していただきたいな。
自動ドア
先日、お店の自動ドアが開いたのを「はい、今ドアが開きました」とわざわざ触れるレポーターの人がいました。
7942「そのとき、自動ドアが開いたことをわざわざレポートしなくてもいいんじゃないかと思いまして。そもそも、開けたのはお前じゃん、とも言えますし。」
杉田「いやあ、でも、間が開くのがいやだったんだろう。そんなことをレポートしてしまう彼は、いいやつじゃないかな。」
三井「やっぱり、何も言わずに店に入るのもなんだし。そんなことも考えた彼は、いいやつなんじゃないかな。」
二階堂「うん。僕も彼はいいんじゃないかな、って思っていたところだよ。いいやつだよ、彼は。」
綾小路「その彼、この間カラスに荒らされてたゴミを片付けていた男じゃないかな。いいやつだよ、ほんと。」
ロック「彼はいいやつだって、もっぱらの噂だよ。僕?。もちろん僕もその噂の発生源のひとつさ。」
李さん「目立たないが、自動ドアが開いたことをちゃんとレポートする。彼はいいやつだよ。」
伊集院「その話だけを聞いても、彼がいいやつだってことは揺るがないな。」
ミルドリッヒ「彼がいいやつかどうかっていうことでなくて、どれほどいいやつかって方が重要だよ。」
ママチョフ「彼のことはよく知らないけど、どうやらいいやつのようだよね。信頼できる。」
コッコアポ中佐「我が軍に編入したくなるような、いいやつだね。彼。」
エドワルド三世「いいやつには、いいレポートがついてくるもの。彼は、いいやつです。」
斑鳩指令本部長「やや、中佐。そこはゆずれませんな。いいやつは我が部下にしたいところです。」
杖をついた老人「彼がいいやつであって、正解じゃったな。」
ヒーロー「彼のしたような小さな正しさが、いつか大きな正しさになる。彼はいいやつだ!!。」
小6のときの同級生「なんだかんだいって、いいやつよ、彼。」
店長「いいやつだよな。なかなかさりげないじゃないか。相手を立ててて。」
7942「でも僕も、実はそうなんじゃないかなって思ってたんですヨ。」
玉虫厨子厨子
昨日からのつづき。
【あらすじ】
「お前、玉虫厨子かよ!!」というツッコミが是であるならば、その是は僕らは玉虫厨子をどう思っているからこそのものなのだろうか。
っていうか、玉虫厨子って、ねぇ?。
=====
玉虫厨子。
それは教科書にあったが、それが美術のものなのか、歴史のものなのか、はたまた国語だったか。
もう、定かではない。
記憶は虚空のかなたに。
夜露は夜明けとともに、きえ。
白い吐息は、はかなく。
いや、定かなものも、あった。
保健体育の教科書でなかったことだけは、確かだ。
保健体育の教科書に玉虫厨子が載っていたら、それはもうかなり深い意図を感じなくてはならない。
まず、玉虫!!。
え、もういい?。
確か写真入りだったけど、白黒だからいまいち玉虫っ気がわからなかった気のする「玉虫厨子」。
彼を語る上で外せないのは「厨子って、なに?」ではなく、「玉虫のはね?」である。
そう。
昔の人、「厨子」と呼ばれる仏壇みたいなものに「玉虫の羽」をばかすか貼ってしまったらしいのだ。
教科書では平然と「玉虫の羽が装飾されている」だの「豪華絢爛」だの書いただろうが、幼かったとはいえ、そんな言葉に僕らはだまされなかったハズ。
その印象をまとめると「・・・うわ?」になるだろう。
そら綺麗かもしれないが、虫の羽、ちぎって付けたか?という微妙な感じ。
少なくとも「やったぜ超きれい!!」とは喜べない。
この時点で、すでに大半の人が「うわ?」ゾーンにいる。
だが、しょうがない人たちなんかは、さらにこんなことも考えてしまい、困惑することとなる。
「羽をちぎられた玉虫の今後」
「玉虫厨子作成時の流れ作業」
「玉虫の集め方」
「集めすぎで余った玉虫たちの今後」
・・・うわ?。
明日。
しょうがない人たちのために。
カウボーイ疾走
近頃、どうにも面白いことを考えたり、喋ったりというのがルーチンで、いけない。
そんなことを半年前くらいから、また思い始めてしまい、その点どんよりだ。
歯も痛いしな。
そんな感じのは、過程は違えど誰にでもあるはずで。
みんなはそいつをどうやってブロッキングしているのか、気になるところ。
ここ2?3日のあいだに、僕の部屋にカメムシが侵入してくる。
そのまま放っておくと、春ごろにカラカラになった彼らを発見することになるため、見かけたら外へ放つようにしている。
ところで、カメムシといったら、危険を感じたとき、くさい臭いを出すことで、若者たちにも知られている。
この習性は、人間のいなかった頃はそこそこ有効な防御術だったろうが、今のご時世では、その点がむしろ人間に嫌われ、いわれなき迫害を受けてしまう。
悲劇の虫である。
おととい、窓をこつこつ叩く音がし、すわ中学校時代の初恋の人が小石を投げているのでは、と覗いてみたところ、カメムシが僕の部屋から懸命に外へ出ようとしていて、そいつが窓にぶち当たるである。
「まさかの内側だよ・・・。」
くさい臭いを放つ彼を素手で持つ理由はない。
ティッシュで彼をつまみ、ほっぽった。
そのあと、軽くティッシュをかいで、どんな臭いなのかを確認しようとしたところ、以外にも何の臭いもしない。
さっき放したカメムシは、臭いを出せないヤツだったのか。
それとも、それほど危険を感じなかったため、出さなかったのか。
事実、僕はやさしくカメムシをつまんだから。
ところが、昨日も同様の件があり、そのときもカメムシはくさい臭いを出さなかった。
僕は確信した。
カメムシたちも「危険が迫ったからくさい臭い」という一連の動作に、嫌気がさしてしまったのではないだろうか。
「もうちょい、何かことのありようがあるはずだ。僕らはもう、やりすぎたし、出しすぎた。」
カメムシも苦労しているのである。
テーブル カンバス
その食べ方で、アイデンティティが存分に表現できる食べ物といったら、何だろう。
例えば、そうめんとスパゲッティを比較し、どちらが「多く表現できるか」を考えてみる。
<そうめん>
普通の
にゅうめん
てんぷらの衣に使用
ビーフン
<スパゲッティ>
ナポリタン
ボンゴレ
カルボナーラ
ミートソース
ぺペロンチーノ
etc・・・
思いつく限りを挙げたが、どうやらスパゲッティの方の種類が豊富そう。
単純なのだが、その種類が多ければ多いほど表現の幅が広い、と言えるかもしれない。
「俺、そうめんは、一口サイズにくるりとまとめられた状態を崩さないで食べるんだ。」
個性である。
「俺、ぺペロンチーノ食べるとき、一本ずつを油取り紙に通しながら食べるんだ。」
個性である。
そうめんや、ぺペロンチーノ部分を他の種類に変えることで、やる人がいるかはともかく、自由度はより高くなりそうだ。
ゆえに、種類が多いものが、アイデンティティの存分に表現できる食べ物になる。
「かに」の食べ方なんかも、色々できそうだ。
「かにの爪は、あとで遊ぶので、稼動部分を破損しないように食べます。」
個性である。
そのほかにも、
「まずは全ての身を取り出してから、それをほおばるようにして食べます。」
「身の細い、ワタリガニ系のものは、殻ごと噛みしだいて、その身をしゃぶります。」
「かにの手足は好きですが、本体は、びろびろがなんだかこわいので、手を出しません。」
「かにしゃぶって、何なんでしょう?」
という点でも、個性が表現できそうだ。
以上を踏まえると、アイデンティティを表現できる食べ物とは、こんな風にまとめられそうだ。
1.種類が多いもの
2.食べるのに過程が必要なもの
ということは、種類が多くて、食べるのに過程が必要なもの。
この2つの条件に当てはまる食べ物が、今回求めているものだ。
この点、一般的にかにと呼ばれているものは、遜色ない。
「俺、ケガニは正座しながら食べることにしてるんだ。」
「タバラガニだと思って食べてたのが、実はタラバガニだったの」
「え、うち、かにの身はストローで吸うよ?」
「僕の食べようとしたかに、タコがとろうとしたんだ。タコだけは許せねぇ」
「近畿地方では、ほとんどの子供がタカアシガニの足をしゃぶっています。ほのかに甘いのです」
「高峠町が毎年行う「スベスベマンジュウガニによる中毒撲滅キャンペーン」にはたくさんの人が訪れ、食べられずに余るスベスベマンジュウガニを用いたゲーム「くずしてがっぽりんちょ」でついにキャプテンブリーダーの獲得者が誕生するなど、大盛況となった」
「たてぶえにかにの身を仕込むというネタを、もう2つも確認しています」
個性の数は、かにの数。
奇跡2つ。
奇跡が2回以上起こる必要はない。
って、誰かが言ってた。
そんなことを以前、書いたりもした。
確率
こんなのはどうだろう。
「妖精や怪物の住む世界で暮らすことになったひろし。途方にくれていると美人のエルフが声をかけてくれた」
あー、もう素敵すぎ。
物語にありそうな感じだ。
だが、残念な事に奇跡が起こりすぎている。
物語とはいえ、起こりすぎている。
まず「妖精や怪物の住む世界で暮らすことになった」くだり。
これを奇跡と言わずして、何を奇跡と言うだろう?。
次に「エルフが声をかけてくれた」くだり。
たいていの人は、SF世界にワープするという超難関をどうにかすれば、そのあとはめくるめく大冒険が約束されていると思いがちである。
実際、何らかの理由でその世界を救うために、SF世界での居住を余儀なくされている、というシチュエーションもあるだろう。
しかし、だからといって、見ず知らずの人類に声をかけてくれるエルフがどれだけいるだろうか。
やつら、長生きらしい。
「あ、人間?。ほら、あっちにこの世界から抜けるための出口、あるで。」
そう言われるに違いない。
そうあしらわれなかった場合も、その多くは「お前の力で大魔王を倒してもらいたいんで」が背景にあるだろう。
さらに「美人」。
エルフは美人である、という説が当たり前のように闊歩している現在。
我々が考えなくてはいけないことは「美人のエルフがいる背景に、普通のエルフはどれほどいるのか」である。
エルフ白書とかが手元にないのでなんとも言えないが、ぶっちゃけエルフじゃなくても、美人に声をかけてもらえるってだけで、奇跡である。
というのは、話としてゆるすぎるか・・・。
とにかく、奇跡だらけである。
ということで、奇跡を1回だけ許容するとすれば、冒頭のヤツは、以下のとおりになる。
「妖精や怪物の住む世界で暮らすことになったひろし。途方にくれている。」
「田無で暮らすことになったひろし。新宿駅から500mくらい離れたところで美人が声をかけてくれた。」
「武蔵小金井で暮らすことになったひろし。コンビニで気持ち耳のとんがった人を見かけた。」
・・・手の届きそうな奇跡、ありそうじゃないか。
ことば変数
駅のエレベータの外側を覗くと、アルミで出来た土台部分が見えて、そこには猫の足跡が点々としていた。
僕がそこから得られる情報は、これだけ。
「猫がそこを歩いた」。
ここに、奇跡を付加してみる。
奇跡 + 0
「あ、あそこ。猫が歩いたんだね。」
奇跡 + 1
「あ、あそこ。魚くわえた猫がいたんだね。」
奇跡 + 2
「あ、ルンバだね」
○奇跡 + 1では「何でコイツ、猫が魚くわえてんのがわかったのか」という点が、それにあたる。
足跡付近に魚の尾の跡でもあったのが見えたのか。
前足の跡が強めに残ってたため、体前部に重さが加わっているのがわかったのか。
どちらにしても、彼の能力には驚愕するばかりである。
○奇跡 + 2では「足跡でダンスの種類が特定できるアイツ」という点と、「猫がルンバをたしなむ」の2点がそれにあたる。
彼は、この短い文章で、奇跡を2つも演出してしまった。
ちなみに、彼が猫の色が黒であること、足跡からタンゴであることを見つけ出したら、奇跡数はもう少し上がる。
今度は、まどろっこしさを付加してみる。
まどろっこしさ + 0
「猫が歩いたんだね。」
まどろっこしさ + 1
「あそこ、ほら。肉球のあとが、点々としてるじゃん。あれ、猫が歩いたってことかな。」
まどろっこしさ + 2
「あれ。ほらー、あれ。なんだろ。あの、点々。え、もう電車来た?。でも、ほら。」
○まどろっこしさ + 1では、肉球のくだりが、それにあたる。
そんな跡があるのは、猫が歩いた以外はちょっと考えにくいため、「猫が歩いた」でいいはず。
肉球うんぬんは、いらん。
○まどろっこしさ + 2では、本題に入るのが遅い点と、電車が来てしまった点が、それにあたる。
あー、まどろっこしい。
僕はひとりだったので、心の中で「猫」と思いました。