花火に消された言葉たち

昨日から。
【あらすじ】
「花火に消された言葉」!!。
「!!」は付けなくてもいいと思うけど、いい味出してる言葉だ。
言葉や音たちだって、花火音になら、消されても文句ないだろう。
なんかノスタルだしね。
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で、前回は「花火」だが、他のものを考えてみる。
1.汽笛
これも、他の音を消してまう恐れのあるヤツ。
だが、こいつに消されたとしても、言葉や音たちは文句ないだろう。
なぜかというと、汽笛のハードボイルドさには勝てない、と感じているからだ。
2.選挙カー
選挙カーから発せられる、アレである。
僕は人間ができていないのか、天邪鬼なのか。
あんまししつこく選挙カーっぷりを発揮されると「お前にだけは票を入れん」と思ってしまう。
そして、そんなアレに言葉や音を消されることはない、とは言えない。
だいぶ、せわしいときがある。
アレには感慨深さなどはあまりないと思われるため、そんな音に消されては末代の恥と、選挙カー近くの人は大声で喋り、言葉や音たちも奮闘するのだが、いかんせん向こうにはツール(主に拡声器)があるため、結果、音たちは消されてしまう。
音たちの宿敵である。
3.軍艦マーチ(軍艦行進曲)
最近のパチンコ屋さんで流れているかどうかはわからないが、以前は何をもくろんでいたのか、景気よく流れていた「軍艦マーチ」。
それゆえ、多くの人はコイツに言葉や音を「消された」経験があるはずだ。
・・・どうだろう。
そのとき消された言葉や音たちは、ちゃんと成仏できているだろうか。
僕自身は、軍艦マーチに存在を消されると、ちょっと悲しい気分になる。
あの、なんだかスーチャラら感じのに消されるのか・・・、と。
だから、そんな気分でいまだそのときの音はそこらを漂っているかもしれない。
だからもう一度、その言葉を発してあげて、供養してはくれないだろうか。
「オニイサン ヨクデテルネ」
一筋の光が、夜空の一番深いところへ、吸い込まれていく。
明日。
「礼儀を知らない音」について。

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