やるきなし

今日はちょっとやるきなーし。
早く寝転がって漫画でも読みたい。
あーまんが。
まんがが読みたい。
あ行 か行 さ行
たくさんのまんがが読みたい。
でも、面白くないまんがは面白くないので、いやだ。
面白くないまんがは読みたくない。
面白くない文庫本も読みたくない。
あ、「渚 カヲル」の「渚」って、「シ者」って読ませるためのものなんだ。
パチンコ屋さんの看板見て、初めて知ったよ。
でも、たしか敵って使徒(なんだかスタイリッシュ)じゃなかったっけ。
使徒?
使者?
使徒?
使者?
使徒?使者?
使徒?使者?
使徒?使徒?使者?使者?
使徒?使徒?使者?使者?
今日は特に、何も面白くしようとしないよ。
でも最後の方は一応、4分音符だね。
それにしても、あーまんが。
まんがが読みたい。
あか あお きいろ
たくさんのまんがが読みたい。
でも、「え、この内容で780円!?」っていうまんがは、いやだ。
「え、この内容で780円!?」っていうまんがは買いたくない。
「え、この内容で780円!?」っていう文庫本も買いたくない。
あ、発見。
「火のないところにドゥビドゥバ立たぬ」って何度か言うと、いいよ。
それを誰かに聞かれたとき、「ドゥビドゥバ」って火と関係のあるものだったんだ、って誤解させることもできるし。
また、「非のないところに目くじらは立たぬ」っていうのも、いいよ。
それを誰かに聞かれたとき、「そのとおりだよね」って、なるし。
はいおやすみ。

田園風景

「1たす1は?」と聞かれれば、それはちゃんとした大人なら「2だよ」と答えて「田んぼの田だよー」という返しを受けるのが筋である。
しかし、その返しに「あちゃー」という顔をしながらも、気になってもらいたい点がある。
「なぜ「田んぼの」と、わざわざ指定してくるのか」である。
例えば、この「1たす1は?」という問題について、肩透かしを食らわせるのが目的とするならば、その解答に「田んぼの」はいらない。
「1たす1は?」
「2だよ」
「残念。田だよ」
となる。
ところが現実は、
「1たす1は?」
「2だよ」
「残念。田んぼの田だよ」
となる。
この付属品「田んぼの」。
今では形骸化してしまっているだろうが、本来の意図はおそらく問題提供者の保身からのものであると考えられる。
すなわち「1たす1は?」と質問した際、相手がまじめに考えた結果の「2だよ」に対する肩透かし「田だよ」は、時として問題提供者を傷つけることになる。
被験者の冷めた返事「は?」。
これを避けるための「田んぼの」なのである。
例えば「田んぼの」をつけない場合、以下のような展開となる可能性があるのだ。
「1たす1は?」
「2だよ」
「残念。田だよ」
「は?」
相手がまじめであるほど、数式1+1の解答をちゃんと考えるため、「その解答が数字の2ではなく漢字の田であること」が、つかめない。
彼にとって、1+1と田は、次元が違っているからだ。
彼の中では、2ではない理由を「タダヨ」と言われても、何言っているのか、分からない。
なんだタって、となる。
そういった背景から生じる「は?」なわけだが、この言葉(?)がいかに人を傷つけるのかは論じなくても誰もが知っている。
超傷つく。
これを知っているから、「田んぼの」というワンクッションを問題提供者は置く。
そうすれば被験者も、いかに数字に執着していたとしても「ああ、田んぼの。ね・・・。」と納得なのである。
となると当然被験者としては、そんなこと気にするなら、そもそもそんな問題を出してくるな!!、となるが、そこが問題提供者のかわいいとこ。
被験者としても「田んぼの」の意図をちゃんと理解したうえで「やられたー」感を出していきたいところだ。
ただ、今回の「田んぼの」はその意図を知らなくても、もう「田んぼの田だよ」という言葉がひとくくりにされているため、現在の問題提供者はこの点についてそれほど留意していない。
むしろ最近、彼らの悩みのタネになっていることは、以下のとおりであるそうだ。
「1たす1は?」
「は?」

幻想動物生態・ネッシー

完全憶測で、いるんだかいないんだかよくわからん生物を紹介する。
◆ネッシー
和名:
ネッシー
生息地:
イギリス・スコットランド北部
日本・熊本県
ねつ造であるとの報道がされた今でも、ネッシーの人気は衰えを見せない。
そんなネッシーが、日本にも生息していたとしたら、どうだろう。
その日、熊本県のある町に住んでいた広瀬浩三朗さん(仮)は土手を散歩していた。
ふと横に通っていた水路に目をやると、そこには体長15cmほどの黒い物体が動いていたのである。
そのとき、広瀬さんはすぐにそれが生物であり、しかも見たことのあるものであることを確認する。
「恐竜の図鑑で見たことのある奴だ」
その生物は広瀬さんに気づいたのか、首らしき部分を持ち上げる動作をしたという。
それに身に危険を感じた広瀬さんは持っていた棒でその生物を殺し、日本のネッシー研究家であるドリーム☆ムラカミ氏に鑑定を依頼。
それがネッシーと認められることとなった。
そのネッシーと目される生物は、蛇のような首部分がどっしりとした体についており、その体からは葉のようなヒレが生えていた。
また全身は暗褐色で、光沢を放つが、間近で見ると細かい鱗で覆われていることが確認できたという。
その体の大きさから幼体であると考えられるが、発見場所である水路周辺に大きな沼などがないことから、この大きさで成体であるとの意見もある。
(この個体は詳細な解析がされる前に猫がくわえていってしまったため、器官の発達状態などがわからなかったのだ)
この事例はきわめて興味深いものではあるがその後、その生物が再度発見されていない。
そのため、日本でネッシー発見という大事件にも関わらず、その認知度は低いものとなっている。
また、後日発見者である広瀬さんが強盗容疑の疑いで逮捕されたことも、この記念すべき事例に水を差している。
当時、近隣では強盗事件が発生していたのだが、ネッシー発見の新聞記事を見た調査員が広瀬さんのコメントに注目。
「ここのネッシーを殺すところ。「持っていた棒」って、おかしくね?」と疑問を持った。
大人が棒を持って、土手を・・・?。
その後の調査で、棒を強盗目的で用意していたことが判明したのである。

どこでもドアについて。

わからないのであるが、どう調べたらいいのかもわからない。
僕はドラえもんの「どこでもドア」が遠距離を移動するための道具だと思っていたが、先日こんな内容の話を思い出した。
確か、のび太とお母さんがケンカをする。
そして、二度とお母さんに出会いたくないのび太は、何かのドラえもん道具を使って「すごい距離を移動しないと母親には会えない」みたいなことを実現してしまうのである。
これで当分お母さんと顔を合わせることのなくなったのび太。
同じ家にいたとしても、出会いそうになると何かしらの事象が生じて、会わないのだ。
ところが、次第に心細くなってくるのび太。
やっぱ会いたいな。
しかし実現してしまった「すごい距離を移動しないと会えない」が問題として残る。
そのときのび太がひらめくのだ。
「どこでもドアで、すごい距離を歩いた先に行けばいいんだ!!」
晴れて母親の元で疲れきった体を投げだしたのび太である。
確か、こんな内容の話。
ここで気になるのが、どこでもドアで「すごい距離を歩いた先に行ける」という点である。
これはなんとなく「どこでもドアで、時間の行き来もできんじゃね?」と思わせる内容だ。
この話が僕の思い違いでないとしたら、どこでもドアは距離だけじゃなく時もどうこうできることになり、よりみんなのほしいアイテムになることうけあいなのである。
ただ、記憶がかなり曖昧だ。
縛りとなる「すごい距離」云々も、道具がタイムマシンではなく、どこでもドアであったかも微妙だ。
だから知りたいいやごめんそれほど執着していない。
ということで知人2人に聞いてみたところ、えへへ対応でした。

フォーム

「2階からしか家に入れないようにしてください」
ここはリフォーム番組に取り上げられるような家を提供するリフォーム会社「わらぶき」。
その仕事のほとんどは、家のリフォームではなく、今みたいな素人の相談に費やされることになるんだ。
「奥さん。近頃は2階からしか入れないような家なんて結構ありますよ。雪が多い地方のこともありますし」
相談者にしてみれば突飛だと思われる発想も、プロから見たらそんなに不思議じゃないことが多い。
2階からしか入れないくらいじゃ、リフォーム番組は取り上げてくれないのだ。
どうにかして説得するんだ。
ああそう。
相談と言えば、こういった方面のものもある。
「うち、居間の真ん中に階段があるんですけど、これってリフォーム番組に取り上げてもらえるでしょうか」
その番組に問い合わせてくれよと言いたくなる相談じゃないか。
でも、この手の相談は多い。
そんなこと聞かれても「うーんどうですかね」と曖昧に答えるしかないね。
でも確か、曖昧に答えなかった相談もあったな。
「うち、換気口からしか出入りできないんですが」
すぐに答えたね。
「そこはとりあえず建築業者に問い合わせてみましょうよ」って。
続いて外気、スーパーラット、イーサン・ハントとかの単語を連呼したね。
「あなたは外気、スーパーラット、イーサン・ハント、外気、スーパーラット、外気、外気、イーサン・ハントのどれかなんですか!?」
少し多めに言ってやったさ。
とにかく、リフォーム番組に取り上げてもらうにはそう、住みにくさに故意が入っていたらだめだね。
そこがわかって初めて、「リフォーム番組に取り上げてもらえるような家を考える」意味が出てくるんだ。
まあ酔狂な会社だね。
ところで、うちの会社の建築構造。
いたって普通の作りなんだ。
もちろん面白く作り替えたいところなんだけど、その業務内容を考えると、作りを替えるとき、どう転がっても故意が発生しちゃうんだ。
だから、ずっと普通のまま。
それだけが、僕らの心の中に引っかかるのさ。

再帰起承転結

最近の「起承転結」の扱いのひどさと言ったら、どういうことだ。
「起承転結では分かってもらえない。まずは結論を先に言え」
「起承転結だと、まとまりすぎてる。もっと相手の目を引くような意外性を」
私たちが今まで学んできた起承転結は、一体なんだったのか。
何者にも変えがたい文章構成ではなかったのか。
みんな起承転結の美しさを忘れてしまっている。
そんな今こそ、起承転結を再認識すべきだ。
ということで、起承転結の「起」のゲスト。
誰もが二度は口にする、「冷やし中華はじめました」である。
・・・と、言い出しておいてなんですが、ゲストとしていいのだろうか「冷やし中華はじめました」。
これが起承転結の「起」としてまっとうであるかどうかは、正直微妙なところだ。
何故かというと、起承転結における「起」というものは、何かしら作者の意図を発するものでなくてはならないと考えられるから。
だから「冷やし中華はじめました」とだけ言われても、まあ店長の「これからたくさん食べてもらうぜ!!」みたいな意図はあるかもしれないけど、それはそれでそうですか、としか言えない。
これでは「起承転結」って、そういうことじゃないんじゃない?、となりそうだ。
しかし、「冷やし中華はじめました」が起承転結の「起」であると考えられるなら、必然的に「結」は「冷やし中華おわりました」で問題なさそうである。
冷やし中華によって、起承転結のうち、「起」と「結」が問題なく埋まるのである。
そうなると、残った「承」と「転」も、その始まりと終わりをつなぐ言い回しを行えばよいということになる。
例えば「承」を、「起」で生じるだろうポイントを明確にする章とし、「転」ではそのポイントを解決する章とする。
そうしてできた文章構成は、まさに「起承転結」であるといえるだろう。
このように、問題なく起承転結の構成に収まることのできるところをみると、「冷やし中華はじめました」が起承転結の「起」であることに不自然な点はないのである。
よって、ここは「冷やし中華おわりました」となるわけだ。

強くしてみる

緊急特別企画
特に何も書くことないので、適当に「強く」してみようのコーナー。
=====

マッサージチェア

電気いす
=====
※ぷっすま拝見中につき、その中で出た言葉を主に強くしてみる。
1
クロスワード

アメリカ航空宇宙局(NASA)の地下にある隠し通路の地図
2
パラグライダー

パラグライダーズ
3
れんこん

三節棍
4
「ファイナル入れちゃいましょう」

「花より男子ファイナル入れちゃいましょう」
5
タンデム

「タンデムをちょっと強めに」
6
POMERA

大怪獣POMERA
7
土浦上空独り占め

茨城県域花ばたけ運動
8
「着替えてる、インストラクターの先生」

「トランスフォームしてる、インストラクターの先生(サイバトロン側)」
9
「怖ーい 無理無理」

「怖ーい 無理無理(しつこくならない程度に)」
10
じゃんけん

じゃん拳
じゃ、そういうことで。

本当の自分

キョウコ
「本当の自分? 誰だって人に何かを教わりながら生きてるのに そんなものあるのかね」
??????????
「あん?。まだ酔ってないよ?」
あなたは、酔っています。
「何だよー。お化けの出るトンネルってことだけど、何も起きないじゃん」
あなたはこのあと、ひどい目に合います。
「この任務が終わったら、エリカの待つ街へ帰るんだ」
あなたはもう、帰れません。
「ふははは!!。私はまだパワーアップを3回も残しているぞ!!」
あなたはこのあと、負けます。
「もうテスト勉強、ぜんぜんやってねー」
真に受けるのは、あなただけです。
—番外おまけおみそ編—
「あーあ。今年もこの日が来ちゃったな」
あなたたちはこのあと、イエス、フォーリンラブと言います。
「ノースリーブの女の子が後ろにいるとき?」
あなたはこのあと、あると思いますと言います。
「やたらPerfumeの影響を受けているCMについて」
あなたは、別に感じなくてもいいはずの微妙な嫌悪感を覚えます。

いけないところのはなし

「髪型を変えたのに、誰も気づいてくれない」
その人はそういって、うつむいた。
このとき、気付いていようがいまいが、「いや、気づいていたよ、ほんと」という旨の発言を行う人は、人が心から笑っている顔をまじまじと見てしまった人である。
この発言にはそれ以降いろいろなオモシロ事柄に派生していくための要素がすでに用意されているのである。
「気づいていたよ。かれこれ半年」
「気づいていたことを気づかれないようにするのが、大変だったよ」
「わかってたよ。だって、部屋内の空気の流れがいつもと違うもの」
「気づいていたよ、ほんと。ひぐらしのなく頃から」
「そりゃ気づいていたよ。むしろ君を見るたび、前の髪型を思い出して、頭の中でイメージをとっかえひっかえしていたんだ」
一方、「ごめん、気づいてなかった」という人は、なんというか、強い。
誠実面インプレッションが強い。
「ごめん、気づかなかった。そのお詫びといってはなんだけど、一緒にお昼、どう?」
僕的には、王手である。
さわやかチェックメイトである。
「ごめん、気づかなかった。実は今日、つぶれたアゲハの幼虫見ちゃって。あの鮮やかな終令、ってやつ?。あれがどうしても忘れられなくて、気づかなかったのかな。一緒にお昼、どう?」
「気づかなかった。もう、本当に気づかなかった。でも、こうやって気づかないあいだにも、太陽は輝き続けて、風はふき、ヌーの大群が川を渡っているんだよね。一緒にお昼、どう?」
こうなるとめんどくさそうだが。
そんなシーンのとき。
僕は「もちろん気づいていましたよ。えへへ」と言った。
このへんに僕のいけないところがあるわけだ。

お好み焼き

何かあれば、お好み焼きだ。
なんてうまいんだ、あいつ。
いいことがあればお好み焼きを食べようかと画策している。
本日それが実り、食べに行った。
レジでぼーっと店員さんを待ち、カウンターに通される私。
ひとりで食べに行ったのだ。
お好み焼きはひとりで食べることが多い。
ちょっと人より、好きすぎるのかもしれない。
ところで、ひとりでのお好み焼きは楽でいい。
例えばふたりでのお好み焼き屋さん風景を考えてみよう。
たいていテーブル席にある鉄板は1枚だ。
そこで種類の違うお好み焼き、へたするとお好み焼きともんじゃ焼きという組み合わせが鉄板一枚上で起こるのだ。
国取り合戦である。
少しでも相手の生地と混ざろうものなら、さっきまでの和気あいあいとした空気はどこへやら。
お前が悪いあんたが悪いと罵詈雑言が飛び交い、最終的には領空、制空権どうこうにまで話が進む。
その点、ひとりは安心。
私の島を、誰も侵しはしない。
さて、カウンター席はまだ準備がされていないらしく、「今から火をお入れいたします」と店員さん。
頼むぞと私。
数分後、火の状態を見て、「熱されるまで、もう少しお待ちください」と店員さん。
任せたぞと私。
すると、「カウンター席様、鉄板待ちでーす!!」と店員さん。
私もいつか鉄板ネタが持てるだろうかと私。
お好み焼きと焼きそばを堪能していると、「お冷はいりますか」と店員さん。
いりませんと私。
数分後、「お冷はいりますか」と別の店員さん。
そんなに私はお冷を欲している顔をしているのかしらと私。
食事後、満席の店内を駆け巡る、忙しくて精算どころじゃなさそうな店員さん。
声をかけられず、レジの前で泣きたくなってきた私。