簡単なジグソーパズルだ。
無地だけど、ピースが30もない。
道徳の時間。
生徒ひとりひとりに1ピース渡し、自分の名前を書かせる。
それを、生徒自身が教壇に置いてあるパズルの土台にはめていく。
社会性や個人の存在意義を問い、人間性を高める狙いがあるのだ。
一通り教壇の人だかりがなくなると、僕は出来上がったパズルを生徒達に掲げる。
そして、ピースが1つでも足りないとパズルは完成しない、みたいなことを言うつもりだった。
出来上がったパズルを見た生徒達の表情に違和感をおぼえた僕は、掲げていた土台を教壇に戻し、眺める。
1ピースだけ、無地のままのものがある。
生徒の名前が書かれていない。
どうやらこれが、違和感の原因のようだ。
「誰だ、自分の名前を書いていないのは」
手を上げるものはいない。
仕方がないのでひとりずつ見ていってみる。
どうやら、田中の名前だけないようだ。
「田中、何で書いていないんだ」
田中は、誰にも影響を与えないようにして生きている。
そんな印象を与える男だ。
しゃべらないわけでもなく、目立たないわけでもない。
いたって普通に人と接する。
クラスの誰かと冗談を言いあうこともあるようだ。
だが、彼と1日でも会わない日があったなら、その顔も思い出せないのではないか。
そんな男だ。
そして、それを意識して生活している。
「田中、何で何も書いていないんだ」
田中は席を立ち、教壇にやってきた。
そして、置いてあるパズルを見ている。
「ん。どうしたんだ」
「一応、書いたんですけど?」
田中はパズルに手を伸ばし、無地のピースだけをうまく外す。
そして僕に、ピースの埋まっていない土台部分を示した。
そこには田中、と書いてあった。
生徒達はそれを見て、感心したり笑ったりした。