ピンポイント夜話

あの日、私は体調が悪くて会社を早退し、早々に帰宅しました。
家では妻がいるはずなのですが、彼女は電話にも出ず、買い物に出かけているようすです。
私は家につくと、妻に置き手紙をしました。
調子が悪いので休んでいる、と。
ふと、体が妙に汗ばんでいるのに気づきました。
熱があるのかもしれません。
少し躊躇しましたが、熱が出ると、次はいつ風呂に入れるか分からないと考えた私は、シャワーの用意をしました。
我が家のシャワーは微調整が難しく、すぐに熱くなったり冷たくなったりします。
風邪気味なので、いつもよりも慎重に調整したのを覚えています。
シャワーからあがっても、妻は帰ってきていませんでした。
置き手紙もそのままです。
パジャマに着替えた私は寝室に入ると、枕元に置いていた風邪薬を手に取りました。
このとき、何とも言えない気持ちになりました。
自分の寝室なのに、ひどい違和感がありました。
しかし、何だろうとあたりを見回しても、それが何なのか、見当もつきません。
その違和感が拭いきれないまま、私は寝ることにしました。
それも調子の悪いせいと思えたからです。
少しだけ背伸びをしてからベッドに潜り込んで一息ついたとき、私はその違和感の原因を知ることができました。
なんと、枕カバーが裏返しだったのです。
こんなことは結婚して20年来、一度もありませんでした。
ベッドから飛び起きた私は枕を手にとり、隅々まで観察しました。
いつも通りの枕です。
しかし、枕カバーが裏返しです。
なぜ妻は、枕カバーを裏返しにしているのか。
私が徐々に恐怖を感じていったとき、家のなかで物音がしました。
妻が帰ってきていたのです。
私は彼女を問いただそうとも思いました。
しかし、居間からものすごい勢いで走ってくる足音がしたとき、そんな考えも吹き飛んでしまいました。
枕カバーを裏返しにした妻が走ってくるのです。
あの、いつもは枕カバーを裏返しにはしない妻が、枕カバーを裏返しにして走ってくるのです。
私はもう調子の悪いことなんか忘れてしまって、2階の窓から飛び降り、人通りの多い道を選んで走り抜きました。
とにかく全速力で走りました。
こうして私は、出家したのです。

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