上がり具合

今マラソンの実況中継みたいなのを聞いていたのだが、なかなか面白い。
「あごが上がってきた」
「腕のふりがまだまだいい」
そうですか、という感じだ。
ただ、実況をするにおいて、マラソン的なものが他のスポーツとだいぶ異なるのは「決定的な何かがおこらない」という点だと思う。
例えば野球なら、ヒットやら点が入ったやらアウトやらを中継する最優先項目にするべきだ。
なぜなら、それは試合の結果を左右する決定的な事項になりかねないから。
サッカーもそう。
パスが通ったならそれを伝えるべきだし、シュートを放ったことも言うべきだ。
これはボクシングでも、テニスでも、たいていのスポーツで同じ。
決定的なことが適度に起こるのである。
三振をしたとき、「スイングはすごくいい」といわれても、え、それよりもさあ、という感じである。
仲間選手にパスをしたとき、「○○選手、足のすじが伸びてきました」などを実況しても、聞いているほうは困ってしまうのである。
マラソンにとって決定的なこととは何か。
それはゴールの瞬間と、選手の過去の戦歴くらいなのだ。
だから間があるときは、選手の今の状況を実況するか、沿道の声援について触れるくらいしかないわけだ。
しかしこの考え方は、マラソンを知らん人間特有のものだろう。
知っている人からすれば、選手の疲れ推移がわかってくることで、結果がおのずと推測できるのである。
僕だって少しは知っている。
走って疲れてくると、首で頭の重さをやりくりするのすらめんどうくさくなってくる。
腕も振りたくなくなってくる。
たしかに、マラソンでも逐次、決定的なことが起きているのである。
ただ、それがどうにもわかりにくいところであることは否めない。
よって、あごが上がってきたときは、その選手のあごが下がっていたときの映像をあわせて出していただきたいところ。

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