音との対峙

サザエさんは長谷川町子原作の4コマ漫画由来の、子供ならず大人にも人気のあるアニメである。
その人気は個性的なキャラクターへの愛着心だけにとどまらず、今では失われてしまった家庭モデルとしての研究。
生じるつつましい事件から見出せる風刺、社会情勢。
日本にとって文化財としての側面も持つ。
そんな人気アニメ「サザエさん」であるから、その劇中には多くの関心ごとが存在する。
サザエの髪型。
マスオのかかと立ち。
カツオの人心掌握術。
ワカメのスカート丈。
波平の、頭の上のニョロ。
フネのさりげなさ。
タマの「?」。
ノリスケの生活習慣病なっていそうさ。
タイ子の色気。
イクラの「かえるー」。
しかし現在、注目度が急上昇しているものといえば「タラオの足音」である。
それはまるで木琴を木の棒でさらりとなぞったかのような、軽快な音色。
以前から注目はされていたが、実はこの足音だけを担当するスタッフが存在することが知られるようになってから、その度合いは増し続けている。
タラちゃん足音歴代スタッフの中で「名人」と呼ばれる人物がいることをご存知だろうか。
筆者は知らなかったのだが、彼はファンの間では神と称され、今まで何度も足音をたててきた。
彼のたてる足音は、ただタラオが走り回るさまを表現しているだけではなく、そのときの心情、相手に与える影響をも考慮していると言われる。
「ただ単に連打すればよい、というものではありません」
角田さんはその鼻先を机ぎりぎりに近づけた状態で、そう言った。
「とはいえかなり早くしないと、あのぽろろろろんという心地よさが出ない」
彼は机につっぷしているような姿勢だが、目は見開かれており、左手には赤いボタンが握られている。
「すいません。こんな姿勢で。しかし、この姿勢でボタンを連打するのが一番いいのです」
軽やかな音色を単発で放つボタンを、彼はその熟練したリズムで連打し、あのタラオの足音を表現しているのだ。
「やはりあのボタンひとつで、タラオの考えや心情を表現するところが難しいですね」
もう少し入り込んだ情報を引き出そうと誘った居酒屋にて、彼は少し困ったような顔をした。
「そもそも、足音というのはそう大きな音ではなく。ましてやアニメの劇中の人物のものですから」
「イメージがつきにくかったです」
「でも、やっていくうちにどんな感覚で音を出せば足音のようになるのか」
「そしてタラオが甘えたいのか、怒っているのか」
「それが何となくわかってくるものだから不思議ですよね」
すると彼は居酒屋の注文用モニタを左手に取ると、先ほど収録スタジオで見せた体勢になった。
「いいですか、最初はやっぱりこんな感じで連打ばかりでした」
「でも、それじゃあだめだということが、映像と僕の足音が重なっているものを見た時、わかりました」
「ただのモールス信号というか、全然歩いているようにも見えないし、ましてや心の持ちようなんて」
「でもある時、こんな感じで押し方にリズムを付けたり妙な空きを作る事で、少し表現ができるようになりました」
「とん、とととととん、というか、こんな感じですよね」
「あ、すいませんね、こんな姿勢で」
「今でも収録は毎回ちゃんと取り直すんですよ、昨日もちゃんと取りました。こう、とん、ととんととんととん、みたいな」
「え、とん、ととんととんととん、ですか?。もちろんサザエに甘えにいくときのものですよ」
生グレサワーがたっくさん来た。
生き物との対峙
自分との対峙
姿との退治

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