正直、僕はジェンガのことをあまりちゃんとは考えていなかった。
しかし先日、こんな光景を見て深く反省した。
「ジェンガは何て雄弁なんだ」と。
詳細は省くが、簡潔に書くと「くずれたジェンガの前で、人が話す」という光景だ。
想像してもらいたい。
「くずれたジェンガの前で、人が話す」ところを。
どうだろう。
どんないいことを喋ったとしても、なんだかネガティブな感じになってはいないだろうか。
「感慨深い話をしているが、ジェンガはくずれている」
このとき、僕はひどく興奮してしまい、周りの「あらあら」な目をよそに「この面白さは今年一番だ」と連呼してしまった。
あとから考えたのだが、ジェンガをプレゼンなどに利用できないだろうか。
学校で何かを発表するとき。
あなたは教壇に立つと、おもむろにジェンガを置く。
みんなは動揺するが、あなたはプレゼンを開始。
そして要所要所でジェンガのパーツを抜いていくのだ。
くずれたときが終わりであることなぞ、説明しないでも教室全体にいきわたっている。
緊迫したプレゼンである。
ちゃんと言うと、緊迫したジェンガになるだろうが、そこは吊り橋における勘違い恋愛感情のようなもの。
緊迫したプレゼンとなるだろう。
そしてなによりも、みんなプレゼンを聞かないだろう点が重要なのだが。
カテゴリー: 雑文
雰囲気二択
「あまりにゆるいカレーが登場したとき、それをカレーと見なすのか、それとも新規の料理と見なすのか」
あくまで例ではあるが、そういうことなのだ。
この論題に対し、一般的なのが「この不況をチャンスととらえるか」である。
今日この頃の雰囲気。
しかし実はこれ、時期状況を問わず、たいてい目の前にいつもあるものなのだ。
「失敗した目玉焼きを目玉焼きと見なすのか」
いつ起きてもおかしくない事象。
そしてそれはすぐに問いかける。
「おいおい、俺のこと、スクランブルエッグって考えてくれても、いいぜ?」
個人的にではあるが、僕は目玉焼きのことをハードボイルドキャラだと思っているため、こんな口調にしてみた。
「でも、オムレツだなんて言い出したら、堪忍袋の緒をゆるめるぜ?」
この時点で、かなりのたまご料理法名が乱立していることに、僕も驚きである。
「サニーサイドアップにはなれなかった俺だけどな」
美味しんぼか、お前は。
ちなみにこの卵は総受けである。
さて、話はさらに大きく変わるが、僕は卵の白身はどうにかして固めたいタイプの人間である。
だいぶ昔、カラザ(生卵の白身にある、もにょもにょした白いやつ)が半分口内、半分喉みたいな位置で止まってしまい、ひどくつらい思いをしたためだ。
白身さえ固まればカラザも思うようには動けず、おいしく卵をいただけるのである。
ざまあみろカラザ、である。
カラザが動けなくなることに、おそらく白身自身もうれしいだろう。
と、こういった背景があるので、白身には火が通っていてもらいたいのだが、一方で黄身は半熟であってほしい。
いかんせんわがままなのだが、調理時にフタを用いることで、案外簡単に「白身が硬く、黄身がとろりした目玉焼き」が、完成することはするのだ。
美味しんぼか、お前は。
ということで、本日。
「物事の二通りの考え方について書かれたのか、それとも卵について書かれたのか」
終わり。
長所上塗セレナーデ3
昨日からのつづき。
【あらすじ】
いろいろ長所を上塗にしてみる。
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1.カジュアルTシャツ
2.黒梅宮辰夫
3.セカンドライフ褒寿園
4.歌手顔負けMISIA
5.泣きっ面にハンブルグの黒い霧
6.薄命Meltykiss
7.最速浅漬け
8.ひだまり石油ストーブ
9.ダイエットもやし
10.サンバイザータモリ
12.でかダム
13.リニアエレキバン
14.海水浴ジュディオング
15.手乗りだんごむし
色々違うの書いたけど、年末だから気にするな。
で、これ以上は支障をきたすので、おわり。
長所上塗セレナーデ2
昨日からのつづき。
【あらすじ】
長所を上塗にした表現というものができる。
「硬亀」など。
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こんなのはどうだろう。
「あしながハンサムさん」
もちろん元は「あしながおじさん」だが、「おじさん」ではどうしても「あしなが」の長所が「うわぬり」になりにくい。
言うなれば長所の「うわがき」になる。
その点「ハンサム」はたいがい足も長いため、「あしなが」が長所うわぬりとなるのだ。
ただ、何よりも「ハンサム」にさん付けはいやだ。
最近見ないが「髭男爵」も長所上塗にあたりそうだ。
「男爵」は、まずヒゲが生えていないと爵位なんてありえないだろうから。
その上「髭」なのだから、髭長所を二度塗りしている。
その点彼らはニス二度塗りが行われていると言えるため、もっとがんばってもらいたいところだ。
「ゴルフのうまい石川遼」
こういうのである。
一体どうしたんだ、の体である。
十分「石川遼」のところでゴルフがうまいことは出ているのであるが、そこにきて「ゴルフのうまい」の再確認。
似たところでは「球技のうまい阿部慎之助」「ローラスケートのうまい光GENJI」などがある。
「メガ盛り千代大海」
一般的に、人はそれを大銀杏という。
次回、適当なものに「長所上塗」してみる。
長所上塗セレナーデ
「ミミナガウサギ」。
例えば新種のうさぎが見つかったとして、その和名が「ミミナガウサギ」になったとする。
みんな不思議に思う。
何をもう一度確認しているんだ、と。
もし最初に発見されたうさぎが「ナキウサギ」だとして。
(確かナキウサギは耳がちっこかった気がする)
それなら、大抵のひとの思いつくようなウサギを目の当たりにした人が、その驚きとともに「みみながっ」と叫ぶのも、ある話である。
しかし僕らは「ミミナガウサギ≒ウサギ」を一般常識として知っていて、ウサギとくればほれ、みみながだよ、と考えている。
そんな世界での「ミミナガウサギ」。
耳の長いことが長所かどうかとなると、野生ではイケてるが、そこ掴まれて持たれちゃう。
そんなことを鑑みると微妙だが、おそらく「ミミナガウサギ」は長所のうわぬりなのだ。
この手の創作動物はたくさんいるだろう。
「ハナナガゾウ」
「クビナガキリン」
「トビムササビ」
「カミワニ」
「ナキコオロギ」
こんなことになってしまったら、そら鼻の長くない象はいるんかい、とかなり、おそらくバクっぽくて原始的で不人気である。
ただ、一方で「ホエザル」や「ムシクイ」など、長所でもなさそうな上に手抜き感炸裂な感涙ものの本名たちがいる。
彼らのことは傷つけたくないよね。
さて、長所のうわぬりが楽しめるものは、何も動物ネタだけではない。
「いやあ、横線を描くのがうまい上に縦線もうまい。これで円を描くのもうまいってんだから。絵がうまいねぇ」
ここまではいかなくとも、この手のことを言うおっちょこちょいさんはたくさんいるだろう。
次回、その辺なんか考える。
無理2
昨日から。
【あらすじ】
「無理を承知の上で」という言葉があるが、無理であることを承知しているのであれば「承知の上」なんてものはないはずだ。
でも、それでも「無理を承知の上で」何か行わなければならない場面とは。
=====
まず思いつくのが「カルネアデスの板」だ。
本ブログでも触れたことのあった気がする。
「あのー、この板ゆずってもらえませんかね。いや、無理を承知の上でなんですけどね。」
これは切実だ。
無理難題を相手に押し付けており、もちろんあんまりなことだと言ってる側も承知しているだろう。
「あ、いいですよ。僕、あっちの浮き輪、チャレンジしますから。」
まずこうはならない。確かに無理だ。
でも「無理を承知の上で」言いたい。ゆずってくれと。
板の浮力が足らず、両者共倒れになりそうだったら、なおさらだ。
「ちょっとすいません。そのパラシュート貸してくれません?。無理を承知の上でね、ね!?。」
やはり切実だ。
ややアメリカンジョーク的な雰囲気が出ていていやだが、とにかく想像してもらいたい。
スカイダイビングで飛び降りたはいいが、しょっていたのがパラシュートではなく、ただのナップザックだったときのことを。
無理とはわかっていても、近くのダイバーに「無理を承知の上で・・・」とたずねたいだろう。
と、上記2例からわかることは、「無理を承知の上で」は生命の危機など、かなり根源的な場面で使われそう、ということ。
切迫した状況だからこそ、ダメモトでも聞くという行動になるのだろう。
ただ、そういった方向でないものも、あることにはある。
「このピーマン腐りそうだから、もうちょっとまかんない?。無理を承知の上で言ってんだけど。」
「無理だとは思うけど、多重結婚しない?。無理なことは分かってんだけどね。」
「ひまだからさ。僕の考えた遊び「こえだめどーん」しない?。無理だったらいいけど・・・」
この3つの例に、生命の危機はない。
そしてそこには「無理っぽくね」しかない。
そう。
これらが言うところの「わがまま」ってやつだ。
無理
「無理を承知の上で」という言葉があるが、結局それは承知できていないのではないか。
無理なんだから、「無理」の上、次のことなんかないのだ。
「皆無」という言葉がある。
「ピーラーでむだ毛処理する人、皆無ですね」
こう書かれたとき、人によっては「一人や二人はいたんじゃないか、ピーラーで剃るやつ」と感じるかもしれないが、「皆無」とはゼロのこと、それ以外の何者でもない。
ゼロのことをかっこよさげにいいたかっただけなのだ。
冒頭の「無理」もそれと同じで、無理以外の何者でもないと思う。
「パプアニューギニアの「パプア」の部分を変えられないかな。無理を承知の上で。」
こいつは無理の意味をわかっていない。
だから承知なんてなっちゃいない。
とにかく無理なんである。
何が無理かって、「パプア」あっての「ニューギニア」であるのに。
そのアイデンティティを損なうような変更を求めているところが、それに当たる。
まあ例はなんだが、とにかく本来「無理を承知の上で」という言葉は存在しないはずだ。
しかしそれでも「無理を承知の上で」がある理由。
法定速度以上のスピードが出る自動車の、その理由的な何かがあるのではないかと考えた。
おそらく使用しなければならないシーンがあるはずだ。
そんなのを次回。
現在ネタ皆無。
歩いて帰ろう
ときどき僕がディズニーの話に触れるのは、それは訳あって、よくCDを聴いているから。
CMとかでも流れているものなので、案外知っていて楽しい。
また、この手のディズニーCDは過去のイベント毎にあるらしく、いつぞやのハロウィンでのCDも、年ごとにいくつかあるようだ。
さて、いくつかのCDを聴いていると、気づくことがある。
「ミッキーは、あまり物事を深く考えない傾向がある」
例えば、ある年のハロウィンにて、そのCDには以下のような旨のやりとりがある。
ミニー「ミッキー、なんだか暗くて怖いわ」
ミッキー「ははっ、ミニー。わくわくするね」
案の定、彼らはゴーストに襲われる。
こんな感じの出だしが、結構多い。
怖いという恋人に対しての返答としては、ちょっと軽率な気がする。
このあと、幸運にも彼らはゴーストとの和解が成立し、なぜか毎回「みんなであそぼう!!」となるのでよかったのだが、あんまり首を突っ込むのもどうかと思うぞ。
ということで、冒頭のミニーとの会話のとき、僕はミッキーマウスのものまねでこう言う。
ミニー「ミッキー、なんだか暗くて怖いわ」
ミッキー「よし、帰ろう」
5年に一度くらいは、これでキャラクタ達が退場していくハロウィンがあってもいいのではと考えている。
いまいちコピー。
全米が涙しただの、全世界に感動を与えただの、以前聞いたようなフレーズを臆することなく使用し続けるのが、映画業界である。
一体どれほどの人が「全米が涙した→見なくちゃ!!」となるのか。
たぶん多くの人になり、当方もそうだったりするのではあるが、それでは今回、終わってしまう。
なのでいろいろ考えてみようと思う。
例えばこんなのはどうだろう。
※映画タイトルは最近ので「僕の初恋をキミに捧ぐ」にしてみる。
「全米が涙した感動作(1リットル)。僕の初恋をキミに捧ぐ」
何かを混ぜてみた。
言いたいことはわかるだろう。
しかしこのコピー。
見方によっては、アメリカ人一人当たり1000ml/3億しか涙していないとも捉えることができ、ちょっとドライアイが心配。
次、こういうコピーはどうだろう。
「見てやんこっしょい、がばいやつぃばあ。僕の初恋をキミに捧ぐ」
うそんこ方言である。
おそらく「見てみなさい、面白いから」という意味。
うその割には望郷の念がひしひしと伝わってくる、気がする。
ちなみに「がばい」と、それなりに気を使ったキーワードも含まれており、その点想像以上の効果があるかもしれない。
次。
「常時寒気。僕の初恋をキミに捧ぐ」
ホラー映画である。
ちょっとハードル上げすぎの感ありだが、それよりもそこを押してどうするといった気もする。
オチはおそらく冷房効きすぎだろう。
というか、ここは例を変えるべきだったが、案外常時寒気なのかもの雰囲気。
最後。
「全日本僕の初恋をキミに捧ぐ」
「全日本」をつけてみた。
そこいらの初恋では太刀打ちできないし、「キミ」も納得してくれまい。
女王様である。
じゃあ、終わりで。
=====
あくまで、おまけ
「僕の初恋をキミに捧ぐ(それからどうした)」
「僕の初恋をキミに捧ぐ in 沖縄」
「僕の初恋をキミに捧ギング」
「新食感。僕の初恋をキミに捧ぐ」
「僕の初恋をキミに捧ぐ?」
「興行収入の30%は寄付されますので、僕の初恋をキミに捧ぐ」
「24みたい!!。僕の初恋をキミに捧ぐ」
「年貢と僕の初恋をキミに捧ぐ」
「僕の初恋をキミに捧ぐ、でいこう」
・・・おまけいらなくね?。
何か。
ある本にある本の記載があり、その本にはこう書かれていたという。
「タコとは何か。それは吸盤である」
手元にその本がなく、詳細はわからないのだが、とにかくこういう旨だった。
なんともひかれるまとめ方。
タコは墨を吐く。
タコは手足がだいぶ多い。
でも彼のなかでは、最終的には吸盤で落ち着いた。
だからタコは吸盤なのだ。
確かにタコは、その手足の多さを考えてみるとやたらと吸盤が強調されているということもある。
よって、我々がタコの似顔絵を描くとき、最短で二重丸を書くだけでよいのかもしれない。
とはいえ、ここで重要なのは、やはりまとめ方だ。
当ブログでもどこかで使っているはずである。
「○○とは何か。それは××である」
もう午前2時なので、なんとなくこれで通す。
「イカリングとは何か。それはアクセサリーである」
こんな方向性。
=====
「速水もこみちとは何か。それはもこである」
もちろん多くのいい特徴があるのだが、どうしてもこれには。
「ショベルカーとは何か。それは地球のまごの手である」
安いな、このコピー。
「ハヤシライスとは何か。それはカレーである」
けっこう問題発言。
「トリックスターとは何か。それは有名手品師である」
名前だけで判断すると、むしろこうなる。
「生きることとは何か。それは生かすことである」
何かかっこよさげだが、内容はこれといってない。
「パイナップルとは何か。それはヘルメット置きである」
んだね。
「リモコンとは何か。それはこたつ常駐実現装置である」
んだね?。
「ハットトリックとは何か」
もういいね・・・。