予定調和の緊急避難

「上島竜兵と逆カルネアデスの板たち」
なかなか考えさせるフレーズが出ました。
何故、「逆」なのか。
「逆」はいらなくてもいいのではないか。
たくさんいるのか。
など。
もっとうまく言えないかな・・・?。
みんなも考えてみよう!!。
上島竜兵は言わずと知れているかは分からないけど、ダチョウ倶楽部というお笑いの人。
彼は、倶楽部内では「ョウ倶」の担当だ。
一方、カルネアデスは言わずと知れた敏腕内線交換士。
普通の電話を、内線につなげるために黒電話の前で待ってるギリシャ人。
昔、船か何かが難破して、おぼれそうになった二人の男(女性設定でこの話の色気と昼ドラ度がアップします)。
二人は一枚の板にしがみつきますが、一方は「二人も板に引っ付いていたら、板沈むわ」と考え、もう一方に精神的な嫌がらせ(板に指を這わせ、埃を確認し責める等)を行い、板を独り占めしてしまったという。
のち、生き残った男は罪を問われたけど、今後いやらしい目つきをしない、とかいった罪だけで済んだとさ。
こんな話をしたのがカルネアデスで、この人間の理性と本能のディレンマを示す話の象徴として「カルネアデスの板」という言葉ができました。
・・・
法律にもある、「緊急避難」のことだよ?。
2階で書いている僕に、窓からのぞいてきた人が教えてくれました。
ここまでくれば、後はダチョウ倶楽部の有名なネタを、どのような観点で見るかによって一行目のフレーズは変わるでしょう。
あっ!。
今、聞いてる曲から「常に体は休みたい」ってフレーズが。
知ってるよ。
今日の報告
「ディレンマ」というところで、どきどきしました。

ファイナル・アンサー

「世界の中心で、愛をさけぶ」というのがありました。
読んだことないのでいつか読もうと思います。
そんな最近、
「僕の、世界の中心は、君だ。」というのが出ました。
「な、なにー!?」と思った人も多いでしょう。
何か分からないけど、答え出ちゃった!!。
そして句読点多いな!!。
このブログ並みだ。
「世界の中心で、愛をさけぶ」

「僕の、世界の中心は、君だ。」
すごいぜ!!。
「世界の中心で、愛をさけぶ」

「僕の、世界の中心は、君だ。」
堂々としているぜ!!。
確か韓国の映画。
邦題はどれほど韓国側の題名を踏襲してるんだろう・・・。
とにかく、こういうのは臆したら負けなんでしょう。
それにしても「世界の中心」、変わったなー・・・。

クリティカルポイントの向こう側

書くことないので、「大吉」に勝るものを考えてみたいと思います。
「大吉大」
:後ろの方の「大」は「なんとか大のおおきさ」みたいな用途で使うものです。なんとなくすごく喜んでいる人の顔文字に見えてきました。
「ギガ吉」「テラ吉」
:何故、今まで存在していないのか不思議なくらい、しっくりしていると思います。口に出して言ってみてください。
「だーい好き!!」
:もう、吉とかいらないんじゃないかという観点から生まれました。くじに言われても・・・というのもありますが。
「ゴス吉」
:このくじの端はフリフリしてます。
続いて「凶」です。
「劣」
:いきなりキツい感じ。活字で書かれるとなおさら。今、これ書いてる間に足がツッたので、効果もありそうです。
「必凶」
:このくじは、神社の木の枝に結んだ方がいいのか、結ばない方がいいのか・・・。
「赤凶」
:自分で書いていてなんですが、すごく怖くなってきました。
「犬」
:これは思いついた人も多いかも。「待ち人来ず」とかだと某忠犬になれます。
今回はこれだけですが、実際は造語的な考え方を踏まえるともっといいものができると思います(例えば凶は、中の「メ」をすごくたくさん書く混沌さがいいと思う)。
みんなもいろいろ作って、大吉や凶にデカイ面させないようにしよう!!。

決壊しても、もれません。

ふっふっふ・・・。
買ってしまいました、一眼デジカメ。
高かったぜ・・・。
アクセサリいっぱい必要だったぜ・・・。
ちなみに買ったのは2週間前。
ふっふっふ・・・。
こんな大イベントを2週間使わずにブログが書けたよ・・・。
しかもあんまし使えてないから、話はこれで終わりだよ・・・。
「カメラ」
これが僕のネタ帳に書かれていたのが3ページほど前。
早く寝たいときなんかはこのネタ帳が役立ちます。
ところが、以前書いたように、内容はほぼキーワードのみ。
自分でも何なのか分からないものもあります。
自分で見てても意味の分からなさに笑ってしまうのですが、もしかしたらすごく面白いことが思い出せるかもしれないので内緒です。
でも、こういう忘れネタはもう10ページくらいになってます。
リスがドングリを埋めるようにネタを隠し蓄え、リスが埋めたことを忘れるようにネタを忘れる。
それが7942ブランド。

赤の女王

故ありて
書き手およばず
長き夜
とにかく、9月21日くらいからの更新がストップしておりました。
ごめん全米。
そのため、そこからの分(21日から23日)を本日やっつけました。
そしてそのことを24日に書いてしまうぼく7942。
やっとこ追いついた・・・。
めんどくさがり屋なのか、書くことないのか、はたまたネタのリサイクルか。
まぁ2番なんですけれど、なんかためになること書いておきますね。
おやすみなさい。
小田急線で、千石先生に会ったことがあるよ。
うちの近所で、ストロング金剛に会ったことがあるよ。
何回か「ブロッコリー」って言うと、何か日本語に無理させてるな、って気がするよ。

「やっつけブログはフォースを弱めるぞ!」

昨日、「オビオビ」言ってたらスターウォーズを思い出しました。
今日はスターウォーズとは関係ないのですが、「こんなオビついてたら本買うわー」というのを考えてみようと思います。
・表紙なみのでかさ
・「山形県戸沢村のひとたちが泣いた!!」とか書いてある
(局所的なうえ、なんとなく山形県戸沢村のひとが普段泣かないような印象を与えるため)
・虫をつぶしてこすった跡がある
・「帯!!」とだけ書いてある
・オビがついているような表紙のデザインだ
・邪魔にならないように、すでに破れている
・裏に「1冊当たり」とか書いてある
・ごはんつぶで止めてある
・裏にびっしりお経が書いてある
・ファーでできている
・・・
僕はダークフォースに侵されてしまいました・・・。

浦島ジレンマ太郎

最近、よく文庫本を読んでいるのですが、多いね。
えっ。
何が多いかって?。
それは、ネクタイをゆるく締めた女子高生です。
ファッション雑誌?。
「スウィングガール」か何か?。
男達の目をスパークさせてるぞ!!。
ごめん。
多いのは、「オビに小説のキーワードが書いてある」ことでした。
くわしくは書きませんが、本買って読んでみて、その後オビを見る。
すると、「それ、書いていいの?。」というような、物語上超重要フレーズがオビに書いてあったりするわけです。
もちろん、読んでからじゃないとわからないようなものならいいんですが、勘の鋭い人(サスペンスドラマなどで、役者さんの配置から犯人が分かってしまうくらいの勘)ならそこそこ気付いてしまうようなことが書いてあったりします。
最近は本屋さんでもポップなどでむしろ内容を分かりやすく書いてくれていることがあります。
参考になるし、いいんですが、何かオビとかに書かれていると半強制的に「そこが重要ですよ!!」と知らされてしまう気がする。
見ないようにすればいいかもしれないけど、そらあんた。
書いてあったら見ちゃうよなー。
オビには、作者と、なんとか賞受賞ってことと、読み終えるまでの平均読書時間とかを書いてほしい。
ぎりぎり、「何ページの何行目に注目!!」とかだろう。
袋とじも、アリ。

愛の目盛り

「何故、人間は愛を渇望し続けるのか?。」
本来、動物は生殖を本能とし、それを何よりも最優先するようにできているはずである。
しかし人間は、そこに「愛」という、一見不可解な感情を持ち出すようになってきた。
おそらくそれは、人間がこの世界のヒエラルキーの最上位にいるため、子孫を残すという行為に危険性が薄れてきたためではないかと考えられる。
危険を乗り越えて得られる祝福。
危険がなくなった今、その代替として「愛」を互いに求めるのだ。
結局、人間は最終的には自分しか愛せないのである。
その愛をどれほど自分に割り当ててくれるのかで、どれほど危険を冒してくれたのか、として計量することができるのである。
最後に。
この計量器は壊れているだろう。
だから、いくら分け与えられたとしても針は0を指したままなのである。
参考文献
「古典的精神学」J.R.ホープキンソン p125?132
「社会性と自己満足」村井 タカシ p25?45
「人体」NHK
「ピョコタンのびっくり冒険島」p2
「起動戦士ガンダムMS大全集1999」メディアワークス p82?95
「ちょい不良(ワル)オヤジの人モテ術」松崎 しげる p2?

灰色を許さない世界

人間に「YesNoランプ」が付く日を、僕は楽しみにしている。
その機能は、YesNoまくらのそれをもっと広げ、汎用的にした感じのもの。
「心に秘めたる想い」なんていうのはもはや美徳ではないんである。
このランプによって、本音を話し合える社会ができるのだ。
興味ないふりしても、カワイ子ちゃんのそばを通ると「Yesランプ(赤)」が点灯する。
「この服、似合ってる?。」とか聞かれると「Noランプ(緑)」が点灯し、相手の気分を悪くさせたりする。
床屋さんや服屋さんは精神的鍛錬が必要となるだろう。
美味しかったら赤、機嫌悪いときは緑がつきっぱと、本音だだもれ日本社会。
法律でランプを隠すことは禁じられている(制定された瞬間、その部屋は緑色に染まったという)のだ。
よって、このだだもれ状態をどうにかするには「対象の分散化」しかないだろう。
もし、不味いものを食べて緑ランプがつくのを見られたくない場合は、食べながら携帯電話で嫌いな友達と喋ればいいのである。
どっちの緑ランプか分からない。
また、ランプは「こんないやな状態なのに、君といるだけで赤ランプだ!!」というような強調に使うこともできる。
コンビニでは、破滅的に不味いキャンディーなどがエチケット商品として販売されるだろう。
「YesNoランプ」によって、人は一つ進んだコミュニケーション能力を得ることができるのだ。
また、街は赤と緑のライトのおかげで、まるでクリスマスだ。それを見ているカップルが、互いに赤が点灯してしまったりするんである。
文学界にも多大な影響がありそうだ。
まぁ、人間0と1だけじゃどうにもならないってことがわかりました。
当たり前か・・・。
とりあえず、なんかあっても、僕発案者だから付けないね。

無性生殖種に筆記用具を。

電車に乗っていると、ガッちゃんがいた。
ガッちゃんは「Dr.スランプ アラレちゃん」という漫画に登場した、妖精みたいなものである。
もちろん、本当にいたわけではなく、看板の中にいた。
その看板は何か飲み屋のもので、ガッちゃんがクレヨンみたいなものを持ち、その看板の店名を書いた、という感じである。
しかし、この看板を見たとき、疑問が。
クレヨンを持ったガッちゃんは、書かれた店名の左側にいるのである。
店名は左から右に向かって書かれているため、ガッちゃんが書いたというのなら右側にいなければならない。
どうもガッちゃんは既に書かれている店名をもう一度なぞろうとしているようだ。
「パ行」を組み合わせて喋るほか、コミュニケーションをうまく取れない彼らは日本語を覚えようとしているのだ。
どうだ。
このやる気のない流れは。