少し前、信楽焼きのたぬきを誰かに送ろうとしている人がいた。
ネットで買い、そのまま相手先に送るつもりらしいのだが、このとき僕は「相手はいやがらせと勘違いするのではないか」と心配になった。
送ったことを言わないつもりらしいのだ。
サプライズなことをしたいらしいのだが、相手にしてみれば、突然たぬきの置物が届くミラクルが起きることになる。
僕は信楽焼きのたぬきがどういった存在意義を持つのか、疑問だった。
例えば玄関に置いてあるとき。
意図が見出せない。
表札を持っていたとすると、持たせる意味が分からない。
いらっしゃいませと書いてあったとすると、何をおまえがいらっしゃいませなのだ、と意味が分からない。
とにかくこの置物。
昔、たぬきと焼き物と徳利について、抱腹絶倒の物語でもあったのだろうか。
?????
昔話 たぬきと焼き物と徳利
むかしむかし、あるところに
おさけの大好きな、たぬきの陶芸家がおったそうな。
?????
網羅できました。
と、思い出した。
確か「たぬき」で「たをぬく」→「他を抜く」ということで、他人に先んじた繁栄を意味するものとして、その点、この置物はめでたいものだったはずだ。
よかった。この置物はいやがらせ以外の意味を持っていたのだ。
うーん、でももんやり。
たぬきが他人に先んじた繁栄をしているかどうかを考えると、どうも。
投稿者: nimbus7942
黄金回廊
僕の通った中学校には、ちょっとした渡り廊下があって。
そこは夕暮れ時になると、光に照らされてきれいだった。
そんなことを、不意に思い出した。
放課後、委員会なんかの帰りにそこを通るのが楽しみで、わざわざ遠回りしたりもした。
渡り廊下から夕日の方を見ると、学校に設置されている時計と、2階の理科室が視界に入って、もう鍵のかけられている理科室に入りたくなったものだ。
その渡り廊下を過ぎると、確か放送室があって、前に放送委員だったからそのことも思い出せた。
黒いコードが散乱した機材置き場があって、何故かそこに譜面を立て置くやつがたくさんあったんだ。
音楽室は全然違う場所にあるのに、なんでこんなところにそれがあるのか、不思議だった。
ちょうどこの部屋の下が下駄箱で、昔消しゴムを投げて遊んでいたときに非常灯の灯りを壊したことがあった。
先生に怒られたあと、緑色とガラスのかけらを集めて掃除した。
消しゴムを投げたやつは、確か美術室のあたりから投げたんだっけか。
僕は美術でスニーカーの絵を描いたとき、紐の絡み具合を褒められたことがすごくうれしかった。
美術室のにおいも好きだったな。
なんか木屑のにおいがするんだよな、あそこ。
音楽室は、ここからずいぶん遠い。
そこにいくには、職員室の前か2年生の教室前を通ることになる。
職員室はあまり入ったことがないからよく分からないけど、その前の廊下は妙ないろどりの石でできていて、気味が悪い。
かといって違う学年の廊下を歩くほど、勇気はない。
だから職員室の前を歩くことになるんだよな。
その廊下を突き当たった角に階段があって、ここを3階まで上れば、音楽室だ。
僕は音楽が苦手で、音符が読めなかったせいもあり、成績が悪い。
でも歌うのは好きだった。
音楽室は、そこに誰もいないことが不思議なくらい、楽器が散らばり、机はずれ、生活感があった。
机を避けて窓側に来ると、外はもう夕暮れだ。
窓を開けて身を乗り出してみても、譜面立てのある放送室は見えない。
けれども、あの渡り廊下には夕日が当たって、金色に染まっていた。
すごくきれいだ。
もうあそこに戻るころには、夕日は隠れてしまっているだろう。
歩蛇2
【あらすじ】
教えない。
=====
ある毒蛇に噛まれると、百歩歩くと死ぬだとか、三歩歩くと死ぬだとか言われている。
このときの97歩の差はなんだろうか。
※除外「被害者のそのときの体調」「蛇個体の持つ総毒量」
・被害者に、既に毒が盛られていた。
類似:被害者に、既に血清が盛られていた。
・家の中で噛まれ、2歩歩いたところでくつろいだ。その後、1歩歩いたら死亡。
・3歩歩いたところで知り合いのバイクに乗せてもらい、その後死亡。
・被害者が大男で「あいつの1歩は33.3歩に相当するね」と噂になっていた。
類似:「あいつの1歩は0.03歩に・・・」
・被害者はもう亡くなっていたが、何とか97歩分を気合で歩いた。
・被害者的には、3粒で100mだった。
・被害者がローラースケートを着用していたため、何歩歩いたのかが、結局よくわからなかった。
・被害者が腹足類で、何歩歩いたのかが、結局よくわからなかった。
類似:鳥、百足など
・蛇の体調
・蛇のさじ加減(これは実際あるかも・・・)
・被害者が被害を受ける直前、32匹ばかり既に噛まれていた。
うーん、適当。
みんなも、蛇には噛まれないようにね!!。
歩蛇
先日、ある本を読んでいると、こういった文に遭遇した。
「そのヘビに噛まれると、10歩歩く内に死んでしまうことから、そのヘビは十歩蛇と呼ばれる」
これをみて、僕は昔読んだ図鑑を思い出した。
「そのヘビに噛まれると、100歩歩く内に死んでしまうことから、そのヘビは百歩蛇と呼ばれる」
同じ種類のやつなのだろうか。
それにしても、この蛇がいる地域の人たちはその毒の強さを被害者の歩いた歩数で見ていたか。
何か残酷だ。
その図鑑では続いて「五歩蛇とも言う」と書いてあった。
すると、だ。
冒頭、十歩蛇の本を読み進めると「五歩蛇とも三歩蛇とも呼ばれる」という記載が。
これで「十歩蛇=百歩蛇=五歩蛇=三歩蛇」の式が成り立つことが判明した。
ここで考えさせられるのが、先ほどの「毒の強さ、歩数でみたか?」以外で。
・少なくとも4人噛まれている
・この、最高97歩の差はなんだろうか
・我々人間は、生まれた瞬間に「80×365×10000歩蛇」に噛まれているという気持ちの悪い考え方
(80歳、一日10000歩として)
このくらいある。
その中でも特に気になるのが「97歩の差」だ。
これを「被害者のそのときの体調」や「蛇個体の持つ総毒量」で片付けるのは簡単である。
しかし、それをもってしても97歩もの差として現れるだろうか。
「三百六十五歩のマーチ」換算だと285日である。
次回、この97歩の真相に、迫ろうとはする。
悲しい比喩
「もうだめかも知れない」
ずっと父親と連絡が取れていない。
山で行方知れずになってから3日が過ぎた。
激しい雨。
思うように捜索もさせてくれない。
そのとき。
私の携帯電話から聞きなれたメロディが流れた。
この音楽は父親の携帯からの着信のはずだ。
電話に出ると、雨音にかき消されないくらいの、父親の大きな声が聞こえた。
「心配かけてすまない。今見慣れた道に出た」
私は思わず叫んでいた。
「そのさき!!。そのさきを行けば、捜索隊の人と合流できるはずだよ」
電話口から父親以外の声が聞こえたとき。
さっきまでの不安が、削がれていくケバブの肉塊のように、小さくなっていった。
大人の駄々
駄々。
こねていいのは、実は小麦粉でもハンバーグ生地でもない。
駄々のみである。
そんな駄々。
子供にだけこねさせていて良いわけがない。
大人の駄々。
それは子供のそれとは、少しやり方が違う。
「わーん!!。とりひき?、とりひき?!!」
これでは子供の駄々を大人がやっているだけである。
「わーん!!。取引?、取引?!!」
少し大人になりました。
でも、まだまだ。
まず、取引なのはわかるのだが、それをやりたいことが全面に出すぎである。
大人としてはまず、取引なのはやまやまだが、とにかく相手の立場になってみることが重要だ。
「この取引、そちら様にはこんなメリットがありますよ」だとか。
ちゃんとデメリット面も見せて、相手に誠意を見せたりするものいい。
「こういった点がリスクとしてありますけども」
一見わがままには見えないが、それは見えないようにしているだけで、これが大人の駄々である。
駄々ではあるが、大人であるため、子供の駄々に見られるような、後に問題が生じること(家でひねくれる)というのは少ない。
ということで、これから子供も大人を見習うように。
「このおもちゃ、ここの稼働部が壊れにくいのがいいんですよ」
「ちょっとお値段、張りますけどね」
価値
?????
希少価値というもののせいで、時として本質を見逃してしまうことがある。
「これは牛一頭から2つしか取れない、「とるて」という部位です」
我々は焼肉屋でこぞって「とるて」を注文するだろう。
しかし、このとき重要なことを忘れている。
「牛一頭につき1つしかない、命というものを取ってしまっている事を」
?????
「この絵本、どうでしょうか。命の大切さを問うた内容ですけど」
「うーん。ちょっと悲しすぎるかな」
?????
希少価値というもののせいで、時として本質を見逃してしまうことがある。
「これは牛一頭から2つしか取れない、「とるて」という部位です」
我々は焼肉屋でこぞって「とるて」を注文するだろう。
しかし、このとき重要なことを忘れている。
「牛一頭につき1つしかない、命というものを取ってしまっている事を」
そして牛はほとんどの部位を有効に活用されました。
?????
「このあいだのアドバイスを反映させてみました」
「うーん。それほど改善できてないかな」
?????
希少価値というもののせいで、時として本質を見逃してしまうことがある。
「これは牛一頭から2つしか取れない、「とるて」という部位です」
我々は焼肉屋でこぞって「とるて」を注文するだろう。
しかし、このとき重要なことを忘れている。
「牛一頭につき1つしかない、命というものを取ってしまっている事を」
こうしてエリとノボルは幸せに暮らしました、とさ。
?????
「もう、これでいこうと思います」
「うーん。で、牛はどっちなの?」
中の人
加藤茶の中の人プロファイル
・非常にまじめ
↓
「ちょっとだけよ(本当にな)」
小泉元首相の中の人プロファイル
・シニカル
↓
「感動した!!(お前んとこの兄弟愛にな)」
春日の中の人プロファイル
・自信過剰
↓
「昨日、夢の中でお会いしましたね(やっと今、運命の人にめぐり合えましたね)」
まとめようとしない
僕がブログを書くかどうかは、手元にメモ帳があるかないかが分かれ目であって、それがないところを見ると、今はすごく異常なことになっている。
周りを見ればなんか話のひとつやふたつ思いつくだろうともう何行目かに突入しているわけだが、同時にそんな風にして濁した回がいくつも思い浮かばれ、もうこの部屋にはそんな都合の良いものはないだろうと悲しくなる。
やっこさん、今日も曲がり角でスタンバってるらしいよ。
ごめん今の全然関係ない。
それにしても特に何もないため、何もないなりにどうにかしてみよう。
おまかせ!! ぱんぷきん
なんとなく考えた、どこかのチャンネルの15時くらいからやっていそうな番組タイトルである。
衣類の収納方法についての特集が多く、ためになるはずだ。
現在、僕の部屋はちらかってはいるが、その原因は衣類ではないため、僕はこの番組を見ない。
かなしみフォーマット
なんとなく考えた、小学生高学年をターゲットにした青春小説のタイトルである。
本当にあったら、ごめんなさいだ。
なんでも忘れることのできる主人公だったが、その制御が次第にできなくなる。
そして、忘れたくないことを忘れそうになったとき、主人公は自分の体に傷つけ、その傷跡を見ることでそれを思い出そうとするのだ。小学生に見せられねえ。
かきがいのある、おでき
なんとなく考えた、なんか腹の立つ言葉である。
全体的なゆるさもさることながら、できものに「お」をつけていることが気に食わない。
それにかきがいのあるとは、どういうことか。
すごくかゆいのだろうか。
おれ、人より腸が長いんだ。
なんとなく考えた、告白されても困ることである。
どうしろというのだ。というか、どうしてそれが分かったのか。
と、そう考えてしまったらすでに「おれ」の手中なのかもしれない。
やんぼー。
やんぼーという生物を考えてみよう。
やんぼーは、だいたい10cmくらいだろう。
薄茶色をしていて、細長いのだが、案外太い気がする。
何の仲間だろうか。
わからない。
しかし飛ぶだろう。
とんぼからどうしても離れられないのかもしれないが、田んぼに多く生息、ひゅんひゅん飛んでいそうだ。
とんぼと違うのは、とんぼが直線的な動きをするのに対し、やんぼーはくるくると、人のまわりを回っている気がする。
特に珍しいことはなく、虫網があれば誰にでも捕まえることができるだろう。
ただ、捕まえても、それは薄茶色の細長く、すこし太い、よく分からないものなので、人はそれを逃がす。
するとやんぼーはまたくるくる飛び回るに違いない。
やんぼーは、やめよう。
身のある話をしよう。
バナナの皮がどうこう、って話は多い。
バナナの皮が、道に落ちていたとして、それを踏んだらどうなるか。
まあ、共通意識としては、すべりころぶ、だろう。
では、バナナが道に落ちていたとして、それを踏んだらどうなるか。
ここで、この事例に対する新しい共通意識を提唱したい。
にゅるりだ。
バナナを踏んだらどうなるか。
すべっただのころんだだのの次元ではない。
にゅるりだ。
♪にゅるりだ にゅるりだ 風に吹かれて
僕のたいしたところは、どうでもいいことのひとかじりを、たくさん覚えていることかもしれない。
だからってこりゃないけど。
身のある話も、身が出たのでやめよう。
そういえば、昨日も出たな、バナナ。
だめだこりゃそしてため息。
ずぱぱ ずぱぱ ずぱぱー!!。
ずぱぱ ずぱぱ ずぱぱー!!。
ずぱぱ ずぱぱ ずぱぱー!!。
あー。
何度やっても、あのドリフのオチ時音楽の雰囲気が、活字じゃでねえ!!。
ひなげしの花でなくて良かった。
もう、本当に良かったと思っている、nimbus7942でやーんす。
キタヨ。
何ヶ月かに一度の、この手のノリの日が。
今日はみんなで、フルーツバスケットだ!!。
じゃあぼくオレンジ!!。
みっちゃんはバナナね。
すんじーはリンゴで、みつゆびはマンゴスチン。
らるどはブドウで、ちゅうちゅうはピーチね。
そして最後、先生は熟したパイン。
じゃあみんな決まったところで、知らない人のお見舞いに行こうか!!。
え?。
みんな、きょとん?。
これフルーツバスケットと違うって?。
そんな。
そんな。
そんな・・・・・・、あれ?。
みっちゃん?。
ここ、バナナの出番なんだけど?。
もう、だめだなぁ。
バナナだからって、すべっちゃあ。
だめだとわかって僕、本日超満足!!。
じゃあね!!。