新橋にて帽子屋。 その1

新橋駅の近くで、何だかもこもこした帽子を売る外国人が出没している。
値段は見えず、何か鹿の皮の、ちょうどイヌイットがかぶっていそうな帽子。
今、「イヌイット」を「犬一頭」と打ち間違えて、ああこうやってなぞなぞは生まれてくるんだなと感心しながらも、まあ帽子が路上に並べられている。
そこを通るたびに、気にならない訳ではないが「こんなにもこもこした帽子はいらないか」と考えていたのだが、最近こつ然と帽子が路上に並べられている事がなくなった。
そう書くとそりゃあ普通は帽子が路上に並べられていることなんてそうはなく、あるとすれば帽子屋が転んでばらかしてしまったのが奇跡的に奇麗に碁盤上に配置されたのか。
あるいはたまたま帽子をかぶっていた団体さんがフグ毒にあたってしまい、昔の民間療法を思い出したおじいちゃんの指揮のもと、頭だけ出して体は全部土に埋められてしまったシチュエーションのとき。
そのくらいしかなく、要は「帽子が路上に並べられている事がなくなった」とは、その外国人がいなくなってしまったということなのだ。
こうなると俄然、気になってくる。
なんだかんだいって帽子屋の横を通り過ぎるのは楽しかった。
僕は、あの帽子を要していたのではないか。
そしてその帽子屋はいない。
なんだか、是が非でもあの帽子を手に入れたくなってきてしまった。

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