うそ旅のスタンスについて
「近所前」
今ではもう整備されて公園のようになってしまったけど、実家のまわりがどんなだったかはよく覚えていた。
その頃は僕のうちの他には石川さんちくらいしか近くに家がなくて、その周りは林ともろこし畑ばかりだった。
坂途中には石川さんち横に抜ける道があって、そこを進むともろこし畑を眼下にした土手になる。
夕焼けどきはかなりきれいだった。
その土手を進むと大通りにつながり、そこには木目が本当の人間の目のような大木、向かいには店を閉めた駄菓子屋があって、そこには壊れてケースに穴があいたガチャガチャが放置されていた。
あきらんちもあった。
石川さんちの壁には、よくボールをぶつけて遊んだ。
そして猫がよく逃げたので、無断で侵入した。
亀が逃げた事もあった。
石川さんちの物置に入っていくヘビを見て母親が大声を出した事もあった。
石川さんちと林は抜け道を挟んでいて、林にはちょうど一台分の駐車スペースと、林の中へ進んでいく小道があった。
駐車スペースにはたいがい石川さんが車を止めていて、ぬかるみにタイヤの跡がいつもついていた。
林の中は朽ちた木がずいぶん細かくなって散乱していて、よくキノコが生えていた。
晴れの日にはほどよく日光が林床を照らした。
一度だけ、僕はこの林の中を「鳥の声を聞くためだけ」に入った事がある。
それ以外はカナブンをとるためだけだった。
林ともろこし畑は隣接していた。
もろこしは、上の方は細長くて薄い葉が多く生えている。
そこで遊ぶといつもどこか切り傷を作った。
でも、根元の方は茎みたいで葉がなく、くぐって進む分には問題なかった。
猫は逃げ出した時、よくもろこし畑に入った。
僕ら親子は、子供は小さい体を生かしてもろこし畑をくぐりまわり、猫を見つけたらもろこしを揺らした。
親は俯瞰的に揺れたもろこしを確認し、どのラインを攻めるかを的確に僕らに支持した。
もろこし畑は、もろこしを栽培していないときは灰色の土ばかりが盛られたつまらない場所だった。
でも、そこに牛フンが盛られると、そこに石を投げて遊べるアミューズメントパークに一変した。
今、僕は灰色の畑に入って、湯気の出ている牛フンを前に大きな石を抱えている。
これをフンの中に投げ込むと、ぼふんと鳴ってフンが飛び散るんだ。
でも、ごめんなさい。
これ、うそなんです。
僕は石を下ろした。