足らない証 その2

昨日からの続き。
【あらすじ】
タクシーの運転手さんが「ソースのつけないたこ焼き」を知っているかと尋ねてきた。
明石焼がちらついたが、そのことを知らない体で話を聞くという人道はずれたいたずらを敢行。
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「ソースをつけないたこ焼きって知ってます?」
そう運転手は言ってきた。
「いや何言ってんですか。たこ焼きにソースつけないなんてありえないじゃないですか」と僕。
事実、たこ焼きの3割はソースだと思う。
5割は生地、2割は揚げ玉だ。
「それがあるんですよ。僕も驚いちゃってね」
「実はそのたこ焼き、ダシをつけるんですよ」
着陸地点の明石焼が近づいてきた。
「ええーっ。だってせっかくカリカリに焼いてあるのに?」
「そうなのよ」
「ソースなんかはどうなっちゃうんですか?」
「いやだからソースのかわりなのよ、そのダシが」
「ダシって何です?」
「なんかスープみたいの」
「いやあそんなたこ焼きは知らないな。そのダシっていうのもイメージ湧かないですし」
「そうでしょ?」
悪い奴だ。
僕は悪い奴だ。
しかし話はよく転がり、その点は悪くない。
「実はね、そのたこ焼き、卵で焼いてんのよ」
かなり近づいてきた。
今、明石焼が対向車線をさっと通り過ぎなかっただろうか。
「えっ?。どういうことですか?。たまご?」
「そう、卵。卵焼きみたいになってんの」
「卵焼きですか?。だって、たこ焼きって生地に卵も入っ」
「あんな感じじゃないのよ。もうほんと卵ばっかりって感じで」
楽しそうだ。
食い気味で卵のことを話してくれた。
一方で僕も、悪いと思いつつも楽しくなってきた。
こんなに楽しそうに明石焼のことを話す人を、僕は見た事がない。
そして話は、ついに最終局面となる。
「実はそれ、明石焼って言うんだけどね」
「え、そんな名前なんですか?」
「確かに明石ってタコが有名だったりしましたっけ」
「そうなのよ、ダシで食べるんだよ。もう俺はびっくりしちゃってね!!」
タクシーは一筋の光となって、16号線をなぞっていた。

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