俺は、ある本屋でコンシェルジュのような仕事をしている。
自分で言うのも何だが、お客様の要件はほとんど最高の形で答えてきた。
しかしひとつだけ、今でも気になっている要望がある。
「書庫のような本はないですか」
その少年は知り合いに軽く挨拶をするように、俺に尋ねてきた。
え、書庫にあるような本ですか。
「いえ、書庫のような本です」
というと、百科事典のような。
それともその目次を収録したものなどですか。
「すいません。実は僕もよく分からないのですが、とにかくあるはずなのです」
「もしかしたら、図書館のような本、というニュアンスなのかもしれません」
年齢の割にはずいぶん言葉遣いが大人びている。
いろんな本の事がたくさん載っている、そんな本ですかね。
「このあいだ、祖父がぽつりと口にしたのです」
「書庫の本をもう一度だけ、ひらけたなら、と」
おじいさんですか。
その口ぶりだと、確かに本物があるようですね。
「そうなんです。もう亡くなったのですが、ときどきそのことを思いだしていたようでした」
そうですか。
それで、その本をなぜ今、探しているのですか。
「おじいさんが身につけていたロケットに、こんなメモが」
くー2957693・・・
「うしろの方がやぶけてしまっていて」
うーん。
考えようによっては「書庫のような本」のあるページを指している、とも取れなくない。
「そうなんです。そこが少し気になっていて」
「おじいさんがもう一度見たいページだったんじゃないかと」
そうですね・・・。
しかし。
申し訳ありません。
おそらくここの書店にはそのような本はないと思います。
もしかしたら、どこにだってないかも知れません。
「ええ。僕だってそう思っているんです」
とにかく何かが網羅されているものをごらんになりたいのでしたら、どうでしょう。
動物図鑑やヴァンガードのカード全集などありますが。
「ありがとうございます。でもいいです」
「書庫のような本を考えたとき、主に動物図鑑は動物以外、ヴァンガードはヴァンガード以外が手薄です」
「それにもう、僕は書庫のような本という存在自体に魅力を感じているので」
そう礼を言って、少年は去っていった。
この、答えのない要望のことを思い出す時、俺はいつもヴァンガードのくだりが必要だったかどうか、不安になるのだ。