ちょっとそこまで。31

海を見ていた。
日の暮れて間もないそこは、冷めていくようにもとのコンクリートの色に戻っていき、まもなくそれも月明かりの色へと変わっていった。
僕の右手も例外じゃなかった。
海のにおいと波の音だけで、体がゆらゆらとゆすられているような錯覚を覚えた。
小沢健二の「地上の夜」が流れてきた。
海は対岸の町の灯りを反射して、しかもそれを千々に乱し。
夜空よりもよほどきらめいていた。
あれを思い出さないか。
「何でしょうか。あれというのは」
クロノクロスっていうゲームのやつだ。
「たしか、海がテーマみたいなゲームでした」
そう。その序盤でのイベントだ。
平行世界では死んでしまっていた主人公に対する母親のことばをおぼ「そういえば、この間の震災のときにも思い出しました」
えていたんじゃないか。
そしてそれを海を見るたび、思い出したんじゃないか。
もう誰もこの子から
奪うことはできない
もう誰もこの子に
与えることはできない
海から贈られたものを
ただ海に返しただけ
「そうでした。別に海の近くに住んでいたわけじゃないですし、親しい人が海で亡くなったわけでもない」
そう、震災があったから、被災された方にはとてもじゃないけど悲しい内容。
「それでも、すごく心に傷を負わされたような気分になりました」
だからずっと覚えてた?。
「そして今、また思い出しました」
「これを思い出すと、他にもいろんなことを思い出すんです。たとえば映画「恐怖のハエ男」では、実験で飼い猫が別次元に行ってしまって、姿は見えないけど鳴き声だけ聞こえる状態になったこと。漫画「ぼのぼの」では、好きな子がいなくなった時の気持ちを、ぼのぼのが理解したこと」
つらそうだが、それは俺の知らんところのものだ。
それにしても、お前に対してずいぶん何かを考えさせるフレーズだったんだな。
よくできてるみたいだし、何か元ネタでもあるんじゃないか。
気づくと、僕は月明かりで陰ができるくらい、透きとおった夜の中にいた。
音をさせないように立ち上がると、僕は「元ネタのない世界」へ向かって歩き出した。

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