新種

平日の釣堀に来る人のことをとやかく言うことにそれほど不思議はないのだが、実はこうして来ているわけだから、その点俺は何も考えないのが一番の得策だった。
隣に座った初老が、ため息混じりにつぶやいた。
大発見だと思ったんですよ。
つぶやいた割には十分俺にも聞こえるくらいの声量で。
何の気もなしに、この話にのってみる事にした。
え、発見、ですか。
そう、発見。それも大発見だ。
大発見ですか。しかしどうも、その発見は世間に認められるようなものではなかった、と。
そりゃあんた、こうしてあんたとここで話しているくらいんだから。
で、その発見って、なんだったんですか。
・・・ずいぶん恥をかいたんだ。それを掘り返すつもりはないよ。
あ、魚かかってるよ。
かかっていませんよ。で、どうだったんですか。そちらが話を持ち出したんですよ。
おりゃあ、全く新しいと思ったんだ。
全く新しい恒温動物。
現在でも新種が発見されることはあるが、脊椎動物は極めてまれだ。
そんななかの新発見だ。
しかも、今までタイプとは明らかに違う。
分類学を根本から見直す必要があると考えたくらいだから。
へえ、それはすごいですね。
すぐに名のある学者に資料を送ったよ。
そうしたら、1日もせずに回答があったね。
「あなたが新しい恒温動物と報告されましたものは、小籠包です」だって。
料理だそうじゃないですか、あれ。
もちろん知らなかった私がいけないんですが、考えられますか。
新種と疑われる生物の報告についての回答資料に、レシピが載っていたんですよ。
ちょっと、私の予想を超えすぎていた。SFですよ。
そりゃ相手も驚いたんでしょうけどねえ。
で、傷心の釣堀ですよ。
博識を気取った素人が受ける罰ですわ。
この老人が俺をかつごうとしているのかは、全然わからなかった。
しかし、そうだとしてもなんだか好感が持てるというもの。
どうですか。このあと、中華屋にでも行きませんか。
どうせ暇ですし。
誘うと、どうとも読み取れない表情で老人。
あなたねえ。
くやしいけれども私、小籠包にはうるさいですよ、と一言。

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