自我開放

幸運なことに、今まで僕は「骨折」というものを経験したことがない。
したいとも思わない。
やはり、痛いのだろう。
身近にも、骨折したい人はいないし、骨折したままにしている人もいない。
ところで骨折は、患部がたいへんなことになっているか、たいへんなことになっていないかで分類されることをご存知だろうか。
・閉鎖骨折:骨出てない
・開放骨折:骨出てる
※「患部がたいへんなことに・・・」と、明確な文章を書かずに申し訳ないが、それは、いきなり「骨出てる」とかいうのはちと衝撃的すぎるか、と考慮したためである。
やはりいじりやすいのは「開放骨折」、しかも「骨折して、その骨が皮膚を突き破る」ケースである。
本来、皮膚は外から闖入者が入らないようにしている組織のはずだ。
だから、内側から刺される、しかも自分の組織に、となると、寝耳に水に違いない。
「皮長!!、内側から刺傷が発生しました!!」
皮長は骨たちのことを間者とののしるに違いない。
一方、骨のほうは骨の方で、すでに割れてしまっている。
もう、大ピンチである。
しかも、骨は感染症に弱いとのことだ。
なんとしても体内へ引きこもっておきたいところ。
でも、皮が。
皮のやつらが。
骨が開放していくのを止めることができなかったのである。
開放骨折は、このような展開により、骨と皮の確執という、なんとなくスネ夫を思い出さずにはいられない問題を引き起こすのである。
幸運なことに、今まで僕は「骨折」というものを経験したことがない。
もし骨折してしまって、それが開放骨折だったりしてしまったら、僕はこの諸問題を思い出し、痛みを少しでも忘れようと思っている。

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