ちょっとそこまで。9

宿までの道のりのことを考えると、少し心配だった。
市街地なんである。
僕は、地元の方の住んでいる家と立地の混ざった宿は少しいやだった。
「心地よい開放感に、たまらず背伸びをするが、地元の人が水を撒いている」
別に悪いことはない。
しかしなんとなく「お前が今、たまらんと満喫している開放感は、俺たちにとっては日常だ。げへへ」と言われているような気がするのだ。
そして自然に囲まれたとまではいかなくても、自分の住んでいるところにはないものや情緒的な環境が、これから泊まる宿にはないのでは。
そうも思わせる市街、しかも私道じみた細か道っぷりだったのである。
しかし着いてみると、住宅は近いのだが田畑あり、海近いでかなり満足できるところだった。
夕暮れ時に着いたため、僕はそのときの海を見ようと焦った。
仲居さんが食事を心配するなか、ほどよくそれを切り上げた僕はデジカメを持ってさっそく海へ向かった。
しかしその意欲を遮るのが、カニだ。
アカテガニだろうか。
宿を出てすぐ、そのへんを走り回っている。
こういうのが、いいのだ。
僕の住んでいるところでは、道路にカニは出現しない。
せいぜいヒキガエルだ。
カニの出現は、海に来たことを感じさせるのには十分で、しかもアカテガニは程よい大きさだ。
捕まえられる。
海も気になるが、ここはアカテガニ捕獲でいこう。
しゃがんだことでデジカメががんがん路面に叩き付けられるが、まあいい。
夏休みで遊びにきているのだろう。
チャラめのサーファー兄ちゃんたちが温泉にだけ入ろうとロビーにいたことを思い出した。
「おい、カニだ。カニがいるぞ」
呼びにいきたくすらなってきた。
カニがいるのに、何を肌を焼くことがあるのか。
カニはすばしっこく、なかなか捕まえられない。
甲羅を抑えて、その両端をつまもうとしても、そこは自身も弱点であることを知っているのか。
両腕を広げて、踏ん張る。
結局、カニのことはあきらめた。
ここ10分ほどでの成果は、デジカメが多少ぼろくなったことだけである。
僕は腰をあげた。
もう50m先に海岸沿いを走る道路が見えている。
十分遊んだらしい親子連れと、彼らが乗ってきたらしい自動車とすれ違う。
例の、海のにおいが強くなってきた。

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