避難訓練

僕には「鼻の穴を広げる」という、プロフィールに載せるにしてもだいぶ下になるであろう特技がある。
ものがものだけに頻発させることでは無い。
しかし、あるシチュエーションになったときにやることがある。
例えばこんなとき。
最近のお店では、ゲームの購入をする場合、その箱のみが陳列されており、それをレジへ持っていくケースがほとんどだ。
その箱をレジに持っていくと、店員さんは裏でゲームソフト本体を探しはじめる。
その際、なかなか商品が見つからないとき、申し訳なさそうに店員さんは「ちょっとお待ちください。」と言うのだ。
この瞬間である。
僕は、「いいんですよ。」、「気にしてません」とか、単に「はい」の意味を込めて、鼻の穴を少し広げます。
シェイクスピアが理解できても、この広げが理解できる人はいない。
この間、ガチャガチャをしたら、モノが出てこないことがあった。
これは、人間が試される。
店員さんに言うのか、黙っているのか。
今回は、モノが300円ということもあり、言った。
それにしても、ガチャガチャでのこのようなシーンは、購入側としても心苦しいものがある。
例えば、レジでおつりを間違われたら、レシートとおつりの整合性を比較すればよいのである。
しかし、ガチャガチャにはレシートがない。
お金を投入したという証拠が、少なくとも購入側としては「ない」と思ってしまうのである。
(もちろんそれ以前に、物理的な理由により、お金を入れたのにたまっころが出てこない)
後々、ガチャガチャ本体に入れられた100円と、中身の数を比較すれば分かるだろうが、それには手間がかかる。
このような客が店に現れた場合、店としてはとりあえずその証言を信ずるしかないのである。
(ガチャ本体に、その手のことがわかる装置がついていれば話は別だが。)
ということを考えると、こちらも心苦しい。
しかも、そのガチャガチャは店の出入り口にあるため、「ガチャ出ない事件」の終始を他の客に見られているのである。
なんだ、このプレイは。
・・・こんなときは。
広げるしかないな。
そういえば、広げるのはかなり久しぶりだ。
できること自体、忘れていたくらいだ。
よし、鼻先に意識を持っていって・・・。
このとき、あんな凄惨な事件に発展するとは、誰が予想だにしたであろうか・・・。
凄惨でも事件でもないのは明白だが、明日へ続く。
追記
「僕しかいない」→「牧師甲斐ない」との誤変換。
牧師さんには申し訳ないが、このように誤変換ワールドは広がっていくわけです。

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