ぺんぺんぐさもはえない。

太古より、富の象徴は絶える事ない水のめぐみそのものである。
その水を永遠にたたえるという聖杯のうわさは、文字が生み出される以前からあっただろう。
それほどに聖杯を求めた話、伝承は多い。
しかしその主役である英雄たちの旅路は、悪い結果ばかりだった。
帰ってこなかったのである。
実は、どこに聖杯があるのかはおおよその見当がすでについていた。
しかし誰もその存在を確認、戻ってくる事もなかったのである。
そこには悪魔がいるらしく、聖杯を守っているとか。
どうも英雄たちはその悪魔にやられてしまったのだろう。
わたし、トトはその場所に、まさに今やってきている。
聖杯を手に入れるため。
ただ正直なところ、躊躇している。
気の遠くなるような長いあいだ、聖杯を守ってきた悪魔。
聖杯を手に入れることができれば、母国の安泰は確実だ。
しかし悪魔を倒さねば、それは達成できない。
その場所は、どうみても小さい一軒家だった。
わたしは今、ちょうどその玄関前にいるのだった。
あまりに聖杯があるというには牧歌的なたたずまい。
それに感化されたのか。
わたしは無謀にもノックをしてしまった。
「どうぞ」
意外に優しい声。
悪魔は力や魔力というより、人の心につけ入る能力に長けたやつなのだろうか。
「どうぞ」
まただ。
遠慮するでもなく、しかし強制するでもなく。
絶妙だ。
「どうぞ、ちょっと自分動かれませんので」
なんか下手だ。
優位に立つ者こそ下手に出るというが、それだろうか。
おそるおそるドアを開けて中をのぞく。
一部屋しかない。
と、部屋中央の腰掛けに座る男に気づいた。
凝視する必要もなく、明らかな悪魔だった。
雄牛を思わせる角が頭から生えており、老人にも似たその顔は醜い。
悪魔である。
しかし悪魔は、さっと身構えようとするわたしを制するわけでもなく、ごめん動かれないんでと一言。
わたしに部屋に入るよう、仕草をした。
部屋のようすをより観察してみると、思いのほか整頓されている。
しかし悪魔の部屋だ。
何があるか、わかったものではない。
部屋に入ろうとしないわたしに対し、悪魔は慣例のようにこう伝えた。
「聖杯でしょう。できれば持っていってくださいよ」
「来た人みんな、なんかあーあみたいな表情で、聖杯持っていかんのよ」
聖杯という言葉を聴いて俄然勇気が出てきたわたしは部屋になだれこむ。
どこだ聖杯は!!。
「これです、僕の座ってる、これ」
「これ、水が絶え間なく出ますんよ。部屋汚れるし、ふたなくして」
「だから仕方なく座ってますの。持ってってくれるんなら助かるんですけど」
悪魔、ベルフェゴールはそう言って器用にほおづえをついた。
ウォシュレット発見の瞬間である。

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