ちょっとそこまで。8

下調べもせず、あわてて予約したので知らなかったが、その宿は温泉があるらしく、しかもそれが洞窟っぽいらしいのだ。
駐車場で試行錯誤の末、ようやく駐車できた僕は、それを受付のパンフレットで知る。
なるほど。
駐車場で試行錯誤したことは、近くに停められていた車の持ち主には知られたくないことだな。
なるほどの使い方を間違えてしまったが、ともかく温泉という点が楽しくなってきた。
最近首が変だ。
以前痛くなったとき、近所の整体で、ゆがみを一撃で直してもらったことがある。
それは「治して」ではなく「直して」。
人と思われていないような扱いにより、痛みならずそれまで「ごく普通にあるもの」と考えていた頸椎のでっぱりをも消えてしまったのだ。
しかしまた最近、痛い。
温泉で好転しないだろうか。
仲居さんに部屋を案内してもらうあいだ、彼女はしきりに「廊下は暑いですが部屋は涼しいです」と恐縮。
僕はそんなに暑そうな顔をしていただろうか。
確かに涼しい部屋に着くと、その分余計に温泉が楽しみになってくる。
洞窟ってところもいい。
そんなことを考えていると、仲居さんが食事の時間をたずねてくる。
19時半というと、19時までだという。
しきりに19時までであることを恐縮する仲居さん。
僕はそんなに腹の減った顔をしていただろうか。
恐縮に対する恐縮返しを双方ゆずらないまま、なんとなくやっと一人になった。
一人で旅行するというのは、泊まる部屋で一人になったとき、初めてそれを実感するものだ。
独り言がはんぱなく発せられ始めるのも、ここからだ。
あー楽しみだ温泉。
だとか。
しかし温泉はまだだ。
食事もいつだっていい。
なんたってこの宿、出てすぐ海があるらしいからな。

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