通り過ぎちゃって。その2

前回からのつづき。
【あらすじ】
無限希釈っていうのがある。
放屁をかましたところで、例えば地球規模で考えると、屁はその圧倒的な溶媒(大気)に無限に希釈されてしまう。
これってなんか、ホメオパシーの考えと同じじゃない?。
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で、実はホメオパシーについてはあまりよく知らない。
知らないながらも説明してみると、こんな感じ。
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「おかあさーん。机に置いといたんだけど、チュッパチャップス知らない?なめかけの」

「あら、もう捨てちゃったわ」

「えーうそ!。あれ、山本センパイのなめかけだったのに!。まだゴミ箱の中にある?」

「ちょっと!。すごいわねあなた!。いや、それもそうだけど、そもそもあれ、ほぼ棒だったわよ。しかもガジガジしてある」

「そこがいいのに!。もう、どうしてくれんのよ!」

「落ち着いて。もしかしたらそこらへんにチュッパチャップスの香料だか何かの形で、数分子くらいは漂っているかも知れないわよ」

「スーパーバキュームモード、チェンジ!!」
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ごめん、上のあんましホメオパシー関係ないかも。
ホメオパシーは「同種療法」とも呼ばれ、「ある症状を引き起こすものは、実はその症状を抑える要因でもあるから、むしろそれ、与えちゃえ」という感じの、よくわからないやつだ。
しかし歴史は長いらしく、ググるといっぱい引っかかる。
ここではその効果の是非を考えるつもりは全くないが、「無限希釈」と絡めたいのが、この「むしろそれ、与えちゃえ」の部分。
ホメオパシーの考えでは、「与えちゃう量が、すこぶる少ないことが必要」らしいのだ。
例えば「殺してしまったたまごっちへの懺悔の念で熱が出る」病気があるとする。
したがって、この人はたまごを食べると、たまごっちレセプターがたまごを捉え、発熱する。
ここでホメオパシーの考えを用いると、「たまごを粉砕し、溶媒に溶かし、さらにその一滴を溶媒に溶かし。」
これを繰り返して「ほぼ溶媒だが、1分子くらいはたまごが入っているかもしれないもの」を作成する。
これは、「無限希釈されたたまご」と言えるだろうが、これが効くというのだ。
効くというのは「目の前にたまごっちが落ちていたのを見て発熱した人に対して服用させる」。
「常に服用し、いざたまごっちが飛んできても発熱がゆるやか、あるいは抑えられる」。
どちらかはよく分からないのだが、とにかく効くらしい。
「無限希釈」というのは、少なくとも前回のバルサンのくだりでは、「希釈されてまくって効果がなくなる」のに対し、ホメオパシーでは「希釈されまくって効果が出る」。
もちろん気になるのが「我が家で無限希釈をもくろんだバルサン、実はホメオパシーとして世界中の昆虫に効いてしまう」。
あるいは「娘、常時きゅんきゅん」。
あるいは放屁による、どこか誰かへの影響。
そういえば去年の今日の放屁。
それが誰かに与える、何か。
ホメオパシーの考えはSF的にも、もちろん効果があればあったで、なかなか楽しいものだ。
しかし、無限希釈とはどうしても相反するものである。
無限希釈で助かっていることも多い。屁とか。
もちろん、いい具合にばらけるかもしれない、「たまご粉砕溶媒は効果があるが、屁は薄れゆくばかりだ」。
あるいは「効果があるのとなくなるの。ちょうどの境界線が、実はある」とか。
ともあれ双方、粒子の流れやカオス理論、時間を含めると、もっと深く考えることができるだろう。
けど、もうそれは、僕は全然わからない。
どのくらい分からないかというと、今回の内容で出てきた「たまご1分子」くらい分からない。
なんなんだ「たまご1分子」。
そぼろ丼を食べているとき、甘いスクランブルエッグみたいなのが少し残っているとうれしいが、それとは関係ないか。

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