親ら

「一親等」というように使う「親等」は、親族の遠近な関係を数値で表しているもので、ちょいちょい目にする。
確か子供から見て親が、親から見て子供が一親等なのだが、そうなると気になるのが「零親等」の存在で、一般的にはそんな言葉はないようだ。
しかし、むりくり何かを表現するものだとして考えると、普通は「自分自身」だと考えるんじゃないだろうか。
ところがサイトによっては、こう来る。
「配偶者のこと」
もちろん「もし意味を持たせるなら」という前提ではあるが、どうも「親等」というものを「自分以外の親族のこと」として考えたとき、「自分ではないが一親等よりも近い存在」として配偶者が最適ではないか。
そういうことらしい。
遊びの範疇であれ、零親等というものが自分自身のことと勝手に考えていた僕にとって、配偶者もその権利があるかも、という考え方は衝撃だった。
一心同体。
結婚式でよく聞くこの言葉どおりじゃないか。
で、この流れになるともちろん「3/5親等、5/3親等」や「マイナス一親等」。
虚数の「i親等」などの夢が広がってくる。
「マイナス一親等」なんて星みたいだ。
なんとなくそれらについての僕の見解は、以下だ。
・3/5親等:子供から見て、子離れできていない親。親から見て、親孝行な子供。
・5/3親等:子供から見て、よく二人で旅行に行く親。親から見て、あまり似ていないなと思う子供。
・マイナス一親等:子供から見て、背後霊。親から見て、背後霊。
・虚数i親等:子供から見て、二乗すると背後霊になる親。親から見て、二乗すると背後霊になる子供。
だってさ!!。

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