なぜか台北 その5

【あらすじ】
台湾旅行。
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飛行機は苦手だが窓際で見える風景は楽しい。
雲は、ちょうど眼下に薄く見える海に浮かぶ島を彷彿とさせ、そっと足を添えれば乗れそうな気すらしてくる。
「雲に乗る」というのは多くのメディアでも考えられており、いわば人類共通の夢。
しかもかなり根源的なもののひとつだろう。
しかし実際はそんな事はできず、もしそれをやろうとすれば、ひとつ段差が多いと考えていた人が階段を降り終えたようなぎくしゃくした動作で、落下していく。
そしてこの高さだ。
まだ落下中である。
ただ、雲という「つかみどころのないもの」でも、飛行中の飛行機ほどの速度を持てば、その機体を揺らす程度の抵抗を示してくれる。
不思議だ。
飛行機は順調に航路をたどっているようで、ときどき眼下の雲に、その機影を見せてくれる。
前の座席のモニタで確認してみると、ちゃんと台湾の空港へ向かうことになっている。
この航路確認表示は少し面白く、リアルタイムで刻々変化する。
その一場面が、見た感じによっては「台湾へ何か標準を合わせている感じ」に表示されることがある。
それはなんとなく湾岸戦争を思い出させ、戦争はいけないと強く心に思ったりする。
いや、そんな悲しい方面じゃなく、もっとおもろい方向でこの標準合わせを捉える事はできないだろうか。
ただ、今回ばかりはどのような素晴らしいオチを用意できたとしても、それを最後に持ってくる事はできない。
いがらしみきおの漫画「ぼのぼの」に敬意を示すため、こう締めくくらねばならないから。
「雲に乗り損ねた男は、まだ落下中」

なぜか台北 その4

【あらすじ】
台湾旅行。
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以前も触れたが、飛行機の飛ぶときの加速っぷりが苦手だ。
あのくらいの重量のものが揚力を得るには、あんなに加速しなければならないのか。
何か、無理をしている気がするのだ。
しかし飛んでしまったかぎりは、その加速を維持してもらいたい。
機内に設置されているシンプルなゲームや席間通信機能をほどほどにいじり、手持ちぶたさになる。
モニタで確認すると、東京付近から放物線でつながっている台湾はそれほど遠くは感じず、ただ機内に絶えず流れる「コー」という音がその遠くなさを実現しようとしているのかと、まあ暇になってきた。
映画はどうだ。
日本にかぎらずアジアな映画も見られるようでいいのだが、僕はブログのネタでも考えようかとメモ帳を手にしている。
今、そのメモ帳を見るとただ一言「チキンない」と書いてある。
これはどういうことかというと、何かの隠語でも度胸のことでもなく、機内食の「チキン or すきやき」の選択肢が択一になってしまったことを意味している。
要は、僕の順番のときにチキンがなくなっていたのだ。
僕だけではない。
あたりはチキン難民にあふれている。
そうか。
あまりすきやきは人気ではなかったのか。
飛行機とすきやきということで、何となく感慨深いことにもなりつつ、案外おいしいそのすきやきを堪能した。
それにしてもチキンの方はどうだったのだろうか。
おいしかったのだろうか。
この高度と速度では、どう駄々をこねてもどうすることもできないから仕方ない。
少しバードストライクというものを思い出したが、こんな高いところでそういうことがあったら、それはバードじゃない。
それはUFOやスペースフラッターか何かで、とにかくチキンではない。

なぜか台北 その3

【あらすじ】
台湾旅行。
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展望台もそれほど興味もなく、空港内をうろつくのにも飽きたので飛行機搭乗口に向かう。
パスポートを見せる必要性のある場面に遭遇するたびに、それが期限ぎりぎりである事を先に言ってしまいたい衝動に駆られる。
搭乗口付近も最近できた風で、免税店が等間隔で堂々と並ぶ。
うーん、あまり興味がない。
暇なので台湾での計画でもたてようかと思ったが、手元に情報はなく、誰かに聞き出そうかとすると、いきなり宿泊ホテルの心霊事情が手に入った。
出る事で有名らしいのだ。
本当なのだろうか。
どちらにせよ、実際に身の回りに起こるのは勘弁してほしい。
ともかく、一番長くいる事になるだろう宿泊施設の情報が手に入った。
他にはないだろうか。
どうやら他の人は結構プランを持っているらしく、いわば駅のホームで並んでいる状態。
僕は時刻表を見ている。
いや、時刻表を探している。
誰かがPSPのスパロボをやっている。
最近のスパロボは、ロボがよく動くので見ていて楽しい。
そうだ。
予定はないが、とにかく動きまくる事にしよう。
そうすれば何か面白い事になるかもしれない。
結構必死に探している帽子を見つけられるかも知れない。
もしかしたら、今回の台湾旅行はスパロボに助けられたことになったかも。

なぜか台北 その2

【あらすじ】
台湾旅行。
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パスポート期限を指摘された僕はひとつおりこうになった状態で空港ロビー内をうろつく。
ここはやはり新しいところらしく、日本家屋調の店がこぎれいに並ぶ。
妙な形のお宮みたいなものもある。
高価であり、日本人であるから日本風お土産も必要ない。
お店のひやかしを終えた僕と知人は、少しそのこぎれいゾーンから逸脱した場所にあるところで「ミニ四駆のようなレースゲーム」を発見した。
レバーの微調整で加速できるおもちゃの車が、5×10m程度の空間でねじれているコースを走る。
200円らしい。
5人ほどが招集され、さっそくやってみると、すごく難しい。
少しの加速ですぐにコースから車が飛び出てしまう。
そしてその度に、このレースのためだけにスタンバッた店員さんが、長い棒を巧みに操り車をコース上に戻してくれる。
僕含め全員が、このレースが2人の店員さんを拘束するという事実に驚愕し、そして謝罪の念を持った。
5分程度。
我々は景気よく車をコースから飛び出させ、店員さんは長い棒で車を懸命に戻し続けてくれる。
ここは活きのいい車の競り会場か何かだろうか。
いえ、空港です。

なぜか台北 その1

空港の喫茶店は、値段は高いが確かにうまい。
よくわからないネーミングのコーヒーを飲みながら、まんまと集合場所を間違えていた。
いつものように全く予定を立てていない。
そんな旅行は、人に語るという点ではだめだが、自身としては楽しかった。
台湾への旅行である。
早朝からの電車で疲弊していた僕は、どうにか集合場所へ時間どおりに到着できた。
飛行機は嫌いだが、空港の広さは好きだ。
高価なのでひやかしくらいしかできないが、清潔さと人の高揚さは神社の祭りのような雰囲気を感じさせる。
そこは新しくできたところなのだろうか。
人が少ないのも手伝って、床の輝きが目立つ。
荷物を最小限にするのが僕の旅行における最重要ポイントだ。
別に亡命するでもなく、単に観光であるわけで、ちゃんと日本に帰る。
1日目に着用した衣類を2日目に寝かせておくと、3日目はマイルドになる。
そうは思っていないが衣類も少量にし、どうにか軽量化に成功。
なんとなく、チケットを見せる場所に到着した。
ここでチケットとパスポートを見せるらしい。
するとスタッフのお姉さんが驚きとともにこう切り出してきた。
「nimbusさんはパスポートの期限3ヶ月前が、あと3日で来るんですけど・・・」
僕は何を言っているのか分からなかった。
期限まで3ヶ月もあるやないか。
しかし周りの人に聞いてみると、どうやら「期限3ヶ月前はもちろんで、それぎりぎりの旅行というのは危険すぎる」ということらしい。
例えば旅行先で怪我をし、長期入院なんてしようものならパスポートの期限があやういではないか。
そういうことらしいのだ。
3ヶ月も期限が残っていると考えていたが、スタッフの人含めた周りがざわめくほど、ぎりぎりなんだ。
僕はこのとき、より「ちゃんと日本に帰る」ということを考えた。

ちょっと。

以前行った事のあるお食事処が、別の店に変わっていた。
そこは現在、少々寂れてしまっている観光地にあって、相応の寂しさ。
しかし一方で、はしゃいでいない感じ。
落ち着いてていい。
「すごく昔に漬けた梅干し」が厳かに飾られていたりした。
ところが今の店は「ポークチョップ丼」だ。
もちろん悪いことはないが、昔に漬けた梅干しと比べて何たるはしゃぎようだろうか。
特に「ポ」と「チョッ」がはしゃいでいる。
例の梅干しが、ちゃんとまだ「漬けられ時間」を更新できているのか。
それを考えるにしても、ちょっとポークチョップ丼はない。
いや。
それを考えるにしても、ちょっぷポークチョット丼はない。
いやいや。
もちろん最初はこれで終わるつもりはなかったんですよ?。

次元別

以前は、寝る前に必ず何か本を読んでいたものだが、今はすとんと寝てしまう。
くやしい。
それでもがんばって寝る前に3DSをやっていたりすると、翌日ゲーム機を下敷きにしてしまったりしている。
そうして僕の3DSは、晴れてニンテンドー5DSになった。
確か、3Dにゆがみをプラスすると4Dになったはず。
そして4Dに人間性をプラスすると5Dになる。
自分の誕生日に花火を打ち上げる宗教家の人が言っていた。
間違いない。
5DSだ。
3DSの充電器が使えなくなったし。

音との対峙

サザエさんは長谷川町子原作の4コマ漫画由来の、子供ならず大人にも人気のあるアニメである。
その人気は個性的なキャラクターへの愛着心だけにとどまらず、今では失われてしまった家庭モデルとしての研究。
生じるつつましい事件から見出せる風刺、社会情勢。
日本にとって文化財としての側面も持つ。
そんな人気アニメ「サザエさん」であるから、その劇中には多くの関心ごとが存在する。
サザエの髪型。
マスオのかかと立ち。
カツオの人心掌握術。
ワカメのスカート丈。
波平の、頭の上のニョロ。
フネのさりげなさ。
タマの「?」。
ノリスケの生活習慣病なっていそうさ。
タイ子の色気。
イクラの「かえるー」。
しかし現在、注目度が急上昇しているものといえば「タラオの足音」である。
それはまるで木琴を木の棒でさらりとなぞったかのような、軽快な音色。
以前から注目はされていたが、実はこの足音だけを担当するスタッフが存在することが知られるようになってから、その度合いは増し続けている。
タラちゃん足音歴代スタッフの中で「名人」と呼ばれる人物がいることをご存知だろうか。
筆者は知らなかったのだが、彼はファンの間では神と称され、今まで何度も足音をたててきた。
彼のたてる足音は、ただタラオが走り回るさまを表現しているだけではなく、そのときの心情、相手に与える影響をも考慮していると言われる。
「ただ単に連打すればよい、というものではありません」
角田さんはその鼻先を机ぎりぎりに近づけた状態で、そう言った。
「とはいえかなり早くしないと、あのぽろろろろんという心地よさが出ない」
彼は机につっぷしているような姿勢だが、目は見開かれており、左手には赤いボタンが握られている。
「すいません。こんな姿勢で。しかし、この姿勢でボタンを連打するのが一番いいのです」
軽やかな音色を単発で放つボタンを、彼はその熟練したリズムで連打し、あのタラオの足音を表現しているのだ。
「やはりあのボタンひとつで、タラオの考えや心情を表現するところが難しいですね」
もう少し入り込んだ情報を引き出そうと誘った居酒屋にて、彼は少し困ったような顔をした。
「そもそも、足音というのはそう大きな音ではなく。ましてやアニメの劇中の人物のものですから」
「イメージがつきにくかったです」
「でも、やっていくうちにどんな感覚で音を出せば足音のようになるのか」
「そしてタラオが甘えたいのか、怒っているのか」
「それが何となくわかってくるものだから不思議ですよね」
すると彼は居酒屋の注文用モニタを左手に取ると、先ほど収録スタジオで見せた体勢になった。
「いいですか、最初はやっぱりこんな感じで連打ばかりでした」
「でも、それじゃあだめだということが、映像と僕の足音が重なっているものを見た時、わかりました」
「ただのモールス信号というか、全然歩いているようにも見えないし、ましてや心の持ちようなんて」
「でもある時、こんな感じで押し方にリズムを付けたり妙な空きを作る事で、少し表現ができるようになりました」
「とん、とととととん、というか、こんな感じですよね」
「あ、すいませんね、こんな姿勢で」
「今でも収録は毎回ちゃんと取り直すんですよ、昨日もちゃんと取りました。こう、とん、ととんととんととん、みたいな」
「え、とん、ととんととんととん、ですか?。もちろんサザエに甘えにいくときのものですよ」
生グレサワーがたっくさん来た。
生き物との対峙
自分との対峙
姿との退治

おたより。

最近、よく怪談を聞いていると書いた事がある。
となると気になるのが「怪談を殺す喋り方」。
どんなに怖い怪談でも、こういう喋り方をすると全然怖くなくなってしまいますよという、エッセイやコントでも取り上げられてきた内容。
なぜそんなことをいまさらと考えながらも、なかなかいいやつを思いついた。
それは「欽ちゃんに、怪談の書かれたはがきを読んでもらう」というもの。
今あたまの中でやってみているが、なかなかいい。
「これは僕が小学3年生のときの出来事です」
あの、抑揚のあるテンポいい喋り方なら、戦慄の終焉を迎える怪談であっても怖くない。
ところでそこのあなた。
欽ちゃんの「はがきを読む感じ」がわからなかったりする?。
それ、怖いね。

ジーニスト

基本的に、何らかの賞を獲得しようと考えるなら、努力が必要である。
しかしその努力をしてはいけなさそうな賞があると言えば、ベストジーニスト賞ではないだろうか。
もちろん一番を目指してもいいはずなのだが、これはどうだろう。
「今までこの賞を取るためにがんばってきました。本当にありがとうございました」
受賞者喜びの挨拶なわけだが、どうしても「うそだぁー」と言わざるを得ない。
それはジーンズが似合うようにする努力が、少なくとも一般的には知られていないこと。
だから、そのものを目指すよりも、例えば運動をたくさんしていました。
その結果、たまたまベストジーニスト賞も取れていました。
そんなイメージが強いからだろう。
となると、何をやっていれば「たまたまベストジーニスト賞」が取れるのかが気になるが、そもそもこの「たまたま」の希少さがとんでもない。
僕が考えるに、以下はかなり「たまたまベストジーニスト賞を取れる何か」であると思う。
有名人
足の長い人
足の細い人
我慢強い人
健康的な人
ファッションデザイナー
天気予報士
お母さんのいる人
こうなると、ほとんどの人は「たまたまベストジーニスト賞を取れる何か」をやっているだろうが、そこから数人しか選ばれないのである。
取るためにがんばってはいけないが、取れたらすごい。
そういう賞なのである、「ベストジーニスト賞」。
ちなみに「お母さんのいる人」というのは、裁縫技術によってジーンズをかっこ良くボロくできる可能性があるからであり、それではなぜ自分でボロくすることを示さないのかというと、以下は「ベストジーニスト選考委員の下田さん」より。
下田
「ベストジーニストとして生きていくというとき、まずはじめにジーンズを痛めつけるというのでは」
もちろんうそであるが、下田の意見を汲み取るなら、夜中にお母さんがジーンズをこっそり切り刻むのがよく、そのときお母さんは「ベストジーニストアシスト賞」や「助ベストジーニスト賞」が得られるだろう。