マージン

高齢の方に「昔の話」として聞いたものだから、その点でも他意がないとわかっていてもらいたいのだが、「昔の話」をする。
サラダを作っている工場で働いている外国の作業員。
彼は流れてくるプチトマトをサラダに入れるために、ベルトで流れてくるトマトの選別をしているのだが、そのトマトをまれにひょいっと食べてしまうのだという。
話をしてくれた方がそれを咎めると、そのときだけ日本語がわからないようなそぶりを見せる。
あるいは「むしろまれに俺の口のなかに入ることがある方が普通なんだ」と妙な理屈を言う。
僕は、毒を入れるのだとか悪意あるものを混入すること以外では、こういうのはあまり気にならない。
流れてくるトマトのほとんどを食べてしまうというのも、結果的に僕がサラダにそもそもトマトが入っていないと勘違いしそうでもあるため、やはり気にならない。
ただ、彼にはマージンが必要だったのかな、とその点が気になる。
そして「仏壇の前に置いておいた供物は、味がしなくなる」という話を聞いた時、なんとなく上記のことを思い出した。
どのくらいのスピードで仏壇の前をトマトが流れていけば、トマトは味を失ってしまうのか。
トマトに味なんてあったっけ?。

もみあい その2

昨日に引き続き、「もみあい」について何か考える。
包丁を持った人たちがドラマでよくやる、あれだ。
「もみあい2時間」
とりあえず考えてみた。
どうだろう。
ちょっと能力が拮抗しすぎではないだろうか。
「もみあいをしているところに、水と小麦粉を投げ入れる」
どうだろう。
コシが強くなりすぎではないだろうか。
「二人で包丁を掲げて振るものだから、何かのサインかと」
どうだろう。
そう宇宙人が話したら、申し訳なさすぎではないだろうか。
「なんか血だまりができているが、もみあいは続いている」
どうだろう。
ちょっと精力ありすぎではないだろうか。
「逃げ場のない災害から宝刀を守るために自分の体内に隠そうとしての、自己犠牲的もみあい」
どうだろう。
なんかどこかでそんなことを聞いた事があるような気がしたから書いてみた。

もみあい その1

僕らはあまりにも「包丁を持った人たちがもみあいになる」ドラマを見すぎてしまったがため、そのどちらが刺されてしまおうがそれほど気になる事はない。
どちらかというと「もみあいになっている最中、佐藤さんの肩が脱臼して、特に何事もなくもみあいが終わる」みたいなのが気になる。
「もみあいのあと、血だらけで半裸の上島竜兵が出てくる」ってのなんかは、もうあってもおかしくない。
「ハンバーグのたねができている」ってのもいい。
もしかしたら、って思わせるところがいい。
あと「もみあい」ね。
それ自体のエッセンスが気になる。
と、「もみあい」のことを考えていたら、「もみあい」をしたいなら包丁を振り回していればいいのだということに気づいた。
そうすれば誰かと「もみあい」になる。
そのとき、全力で人間に立ち向かわれていることに感動し「ドラマを見すぎた甲斐」があったとでも思うだろうか。
あるいはドラマで包丁を持った女性。
彼女は誰かと「もみあい」になる、なんて思っていたのだろうか。
これらから分かることは、この手の「もみあい」はその劇画的瞬間のわりには、あまりにつまらない結果になりがちだということだ。
そしてまさかの次回。

ルミノール反応

【実録!! ルミノール反応の誤った使い方】
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「あ、今切ったなというのを確認するために、手術用メスに塗布」
「あのわがままな部下と厳しい上司。もしかしたら彼らがルミノール反応を起こすんじゃないかと期待しておるんだよ」
「圧力かまど仕立て。ルミノール反応でふっくらおいしい炊飯ジャーです」
「俺、Rh-(ルミノール反応マイナス)だから、犯罪やってもばれなくね?」
「蛍雪Rh+の功」
下ネタをがんばって避けました。
あと、ルミノールの頭はLです。
良い子はRを見てルミノールだと、hannouしないでね。

かめが増える。

【背景】
ミシシッピニオイガメを飼っている。
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誤解を恐れずに言うのなら、かめが2匹から3匹になった。
ちょっと節操ない気もするが、この大きさならもう2匹くらい増えてもよさそう。
むしろ水槽の中が楽しそうだ。
そんな気がしたので、購入してしまった。
もちろん、ちょっと飼育環境的に良くない気が、しない訳でもない。
しかし、バルスとゴリアテ(元からいる、かめの名前)だけのときの水槽状態を見ていると、あまり汚れない。
まだ小さいというのもあるだろうが、何気に毎日水を換えているからなのだと思う。
この水換えは1/5程度の置換という、あまり大規模なものではない。
しかし、この水換えのときにフンも一緒に取るので、それがいいのかもしれない。
あとは人口密度が増えた事でストレスを感じていないかどうかを気にしようかと思う。
とはいえ、かめのストレスというのはよくわからない。
甲羅に引っ込んだ状態でひっくり返って浮いているだとか、甲羅を脱ごうとするだとか、わかりやすいストレス行動があればいいのだが、たぶんそういうのはないだろう。
今のところ、全員よくえさを食べてくれるから、その点は安心だ。
という感じで、環境面は大丈夫そうでありつつ、保留といったところ。
猫が襲えないくらいに大きくなったら、大きいポリタンクみたいなものに移す予定である。
増えたほうのかめはまだ名前がなく、しかもバルスやゴリアテよりも少し大きい。
しかし後発者だからか、彼らよりも臆病だ。
そして何よりも、甲羅にコケが生えている。
食べたら寿命伸びそうなかめだ。

近所

うそ旅のスタンスについて
「近所前」
今ではもう整備されて公園のようになってしまったけど、実家のまわりがどんなだったかはよく覚えていた。
その頃は僕のうちの他には石川さんちくらいしか近くに家がなくて、その周りは林ともろこし畑ばかりだった。
坂途中には石川さんち横に抜ける道があって、そこを進むともろこし畑を眼下にした土手になる。
夕焼けどきはかなりきれいだった。
その土手を進むと大通りにつながり、そこには木目が本当の人間の目のような大木、向かいには店を閉めた駄菓子屋があって、そこには壊れてケースに穴があいたガチャガチャが放置されていた。
あきらんちもあった。
石川さんちの壁には、よくボールをぶつけて遊んだ。
そして猫がよく逃げたので、無断で侵入した。
亀が逃げた事もあった。
石川さんちの物置に入っていくヘビを見て母親が大声を出した事もあった。
石川さんちと林は抜け道を挟んでいて、林にはちょうど一台分の駐車スペースと、林の中へ進んでいく小道があった。
駐車スペースにはたいがい石川さんが車を止めていて、ぬかるみにタイヤの跡がいつもついていた。
林の中は朽ちた木がずいぶん細かくなって散乱していて、よくキノコが生えていた。
晴れの日にはほどよく日光が林床を照らした。
一度だけ、僕はこの林の中を「鳥の声を聞くためだけ」に入った事がある。
それ以外はカナブンをとるためだけだった。
林ともろこし畑は隣接していた。
もろこしは、上の方は細長くて薄い葉が多く生えている。
そこで遊ぶといつもどこか切り傷を作った。
でも、根元の方は茎みたいで葉がなく、くぐって進む分には問題なかった。
猫は逃げ出した時、よくもろこし畑に入った。
僕ら親子は、子供は小さい体を生かしてもろこし畑をくぐりまわり、猫を見つけたらもろこしを揺らした。
親は俯瞰的に揺れたもろこしを確認し、どのラインを攻めるかを的確に僕らに支持した。
もろこし畑は、もろこしを栽培していないときは灰色の土ばかりが盛られたつまらない場所だった。
でも、そこに牛フンが盛られると、そこに石を投げて遊べるアミューズメントパークに一変した。
今、僕は灰色の畑に入って、湯気の出ている牛フンを前に大きな石を抱えている。
これをフンの中に投げ込むと、ぼふんと鳴ってフンが飛び散るんだ。
でも、ごめんなさい。
これ、うそなんです。
僕は石を下ろした。

悪口

今日は雨だし、ケータイ忘れちゃったし、めがねも忘れちゃったし、トイレの水ははねるし、買ったばかりの本が折れちゃうし、傘をさしているのに鞄はだだ濡れだし、後ろのおじさんの息は臭いし、ダンゴムシが環八を横断しようとしているし、風船はどんどん上がっていって小さくなっていくし、どこかの学校の遠足は延期したし、もやしから水がたくさん出ているし、放っておいたモップは醗酵しているし、後ろの女子高生達は何かに大声を出して笑っているし、前に座っているサラリーマンはレベルを最弱にしたオセロで大勝しているし、徹子は笑う気あまりないし、コンビニで入れ違いに出て行った人はドアを開けておいてくれなかったし、ATMの横の物置き場が汚いし、休みがもう半分過ぎちゃったし、芳香剤は周囲10cmくらいしか香ってないし、お店では絶えず店員が尾行してくるし、服に猫の毛いっぱい付いてたし、アイドルグループはスキャンダラスなことも含んだ好奇の目にさらされているし、延長コードのコンセントの穴がもう残ってないし、ペットショップのインコのひなは水槽に入れられているし、くら寿司は超混んでるし、広告の女の子はすごい笑顔だし、先生ひきつった顔で答案用紙持ってきてるし、気温低いのにプールやるっていうし、真っ暗な道でよくわからないムニュってしたものを踏んだし、ネギを探そうと冷蔵庫をあさっても見つからないし、開け放しの冷蔵庫はピーピー言うし、ネギもう出てたし、毎日20時ぴったりにじんましん出るし、雨水がちょうどつむじに当たるし、前の人が改札引っかかった上に再チャレンジしてるし、UFOキャッチャーは景品をなでるし、鼻毛がそよ風を探知してくしゃみが出るし、チンパンジーは竹馬のたっかいところを掴んでるし、猫はたいがい2回連続で吐くし、近所の神社のおみくじはよく振ってくださいって書いてあるしで、文句も言い疲れたので、明日休んでいいですか。

家訓に句点を付けるもの。

前提:
生物の生産効率、能力の観点から見て、単独生活に優位を示す個体を産み出すのは極めてコストパフォーマンスが低い。
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というわけで、末っ子に、かわいがられている割に冷めた奴が多いというのは納得できる事なんです。

わすれな草

わすれな草の名は、英語で呼ばれていたそれをそのまま訳したもの。
それを知った時、そもそもわすれな草ってどんな花だっけかと考えてしまった。
詳細は省くが、とにかく「僕の事を忘れないで!!」と言い残し亡くなった昔の人の言葉が花の名前になり、ブログに書かれ、初音ミクが歌い。
だいぶ、例の人の願いは叶ったと言えよう。
と思ったが、彼が言ったのは「僕の言った事を忘れないで!!」ではないことを思い出した。
もちろん、僕は彼の事を知らないし、花も思い出せない。
彼の願いは時代、人間関係において、どのへんまで叶ったのだろうか。
そもそも、花としてはどうなのだろうか。
自分が「僕の事を忘れないで!!」という意味の名で呼ばれている事を知ったらどうだろう。
ちょっと自分には荷が重い。
そう思うような気がする。
これは、花言葉というよく分からない付加価値のある植物全般に言える事。
何なのかねえ、花言葉って。
あー今、外で誰かけんかしてるわ。
夫婦間的な何かだわ。
怖いわ。
何か「わすれな草」と関係あったりしてないだろうか。
車のドア、すごいいきおいでしめたわ。
心配になる音だわ。
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心配になる音ベスト5
・テレビ緊急速報のアラーム音
・厨房からびちゃっていう音
・食卓でぺっぺっと何かを吐き出す音
・救急車消防車パトカーなどのサイレン系
・いつもなるはずの指が、どれだけねじっても鳴らない
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なんか落ち着いてきたみたいだわ。
「わすれな草」、たぶん関係ないわ。
もう寝るわ。

視覚依存

先日、タイタンの戦いとかいう映画がやっていたので見たのだが、その中で本当によかったと思うシーンがあった。
「クラーケンに目があって本当によかった」
物語は、その姿を見た者は誰でも石に変えてしまう怪物メドゥーサを退治。
その首を見せて、海の怪物クラーケンを倒そう!!という感じだった。
映画ではクラーケンの町襲い始めにメドゥーサの退治が間に合い、クラーケンは高野豆腐みたいになってしまった。
その展開もよかった。
町、襲われ始めですんだから。
しかしそれにしても、クラーケンに目があってよかった。
目がなければメドゥーサの首で石にすることはできなかっただろう。
となると、この時代で知られていたのは「クラーケンには目がある」ということだ。
結構詳細知られてたんだ、クラーケン。
それにしても、クラーケンに目がなかった場合のことを考えてみると、ちょっとメドゥーサの役不足が目についてきた。
要は「メドゥーサの臭いを嗅ぐと石になる」だとか「メドゥーサの歌謡を聞くと石になる」だとか。
そういう能力を、怪物なら持っていてほしいという点だ。
一番いいのは「メドゥーサに触ると石になる」で、これは敵対者が視覚、臭覚や聴覚に頼らない相手だったとしても効果がありそう。
一方で「メドゥーサで舌鼓を打つと石になる」は味覚なわけだが、これはあまり実用性はなさそう。
相手に口や味蕾に相当する器官がないといけない。
ただ、食べちゃうくらいまでしたなら、もう今のメドゥーサでもその能力あります、という可能性もある。
精力つきそうだし。
まあ、何がいいたいかというと、たぶん知覚過敏の人がメドゥーサで舌鼓を打つと、他の人よりもちょっと石になるのが早いんじゃないかということで、それは朝の6時に考える事じゃないってこと。