私的ハードボイルド

この街はポルシェのエンジンみたいなものだ。
切ったとしても、すぐに熱は冷めない。
こんな夜じゃ、寝るにはアツすぎる。
しわついたジャケットをひっかけて街灯の元へ。
夜をまさぐれば、柔肌のひとつやふたつ。
それが口癖だったセンパイは、こないだ会ったときはずいぶん小さくなってたな。
小脇に抱えられてしまうくらい。
ざまあない。
おっと、警備員だ。
くらがりに身を任せると、彼は何も分かっていない青二才の顔で通り過ぎていった。
あいつら、俺をみるとすぐ徘徊だ徘徊だとうるさくしやがる。
さっさと自分とこのVIPルーム(注)に陣取りやがれってんだ。
ふう。
やっと外の空気を吸えたぜ。
生き返るって気持ちも、まんざら嘘じゃねえ。
なんだよ。
やっと男の欲望ほっとステーションに着いたかと思ったら、市営のスポーツセンターじゃねえか。
スポーツなんて、それ目的でやるもんじゃねえ。
俺は生きていくことがスポーツみたいなものだったんだからな。
しかしまあ説明すると、確かこのスポーツセンターはこの街が市になってからすぐに建てられたもので、市が誇る施設の一つだ。
歴史はあるが設備は最新で、ゲーム的アトラクションの性質を取り込んだ運動器具や一般市民向けのレクリエーションも行える大規模体育館。
レストランではサンドウィッチをはじめとする軽食、クリームソーダなんかも楽しめる。
事実、平日休日問わずに様々な人がこの建物を有効に活用しているらしいな。
ま、俺には関係ないがね。
なんだよ。
今度こそ男の欲望メッカに着いたかと思ったら、市役所じゃねえか。
俺みたいな生き方をした人間にとっては、市役所なんて意味ないどころか、むしろ有害だった。
俺がここを訪れるのは、ターゲットの情報を引き出すときくらいだったからな。
しかしまあ説明すると、確かこの市役所は、当時としてはかなり大掛かりな建物として建造されたはずだ。
内装も仕事ぶりも最高。
最近では増築もされて、市民へのサービスもより手厚くなった。
しかも介護への関心はどこの市よりも高く、市役所の1階には専門スペースも設けている。
専門スタッフがいるから、市民からの質問にも適切丁寧に答えてくれるって寸法さ。
ま、俺もご厄介になっているがね。
へえ。
やっと着いたぜ、コンビニ。
え、男の欲望はどうしたかって?。
そりゃパジャマにカーディガン、スリッパじゃ、コンビニくらいが一番お似合いなのさね。
(注)VIPルーム
宿直室のこと。

かにエクステンション

かにを拡張してみよう。
かに

自立精神の向上
ちなみに、かにが自立精神の向上にまで拡張するには、以下の経緯がある。
かに

影絵の「かに」

影絵の「かに」を見せてあげる

影絵の「かに」を、もっとよく見せてあげる

アイアンクロー

フェイスハガー

気持ち悪い

足の節々、気持ち悪い

足が多いの、気持ち悪い

そもそも寄生、気持ち悪い

自立精神の向上
さらに拡張してみる。
自立精神の向上

肉体的、精神的鍛錬

好き嫌いなし

受け入れ態勢が潤沢

金の無い奴はおれん所へ来い

おれも無いけど心配するな

心配になる訪問者急増

急速に暇になる「おれん所」

より肉体的、精神的鍛錬
以上をまとめて。
かにを拡張してみると永久に肉体的、精神的鍛錬が行われ、おそらくミスター・インクレディブルみたいなることがわかりました。
わかりましたか?。

新聞受け

「真実の口」と言えば、ローマにある手首を食べてしまう人工物として有名だ。
このセンセーショナルな出来事の原因は、「真実の口」に手首を切断するような装置が見当たらないところから見ても、口から先が別次元へつながっているからと考えるのが自然である。
そこで切られるのだ。
おそらく、別次元の、あまり治安の良くない地域の、ある夫婦が住む家の新聞受けへとつながっているのだ。
そこでは自衛手段として、新聞受けをまさぐる手を切断していいことになっているのだろう。
おそろしいことである。
と、「真実の口」という、けっこういじるには勇気のいる題材を持ち出したのは、「真実の口に手を入れたとき、その夫婦にやってもらいたくないこと」を考えたからであって、なんだか局所的。
とにかくいやなのは「ごはんを食べている」「居間でテレビを見ている」だろう。
こちらの世界では手首キラーとして恐れられているそれに手を突っ込み、ありえないとは分かっていても、いくらかの恐怖を持っているわけである。
しかしその向こうでは「ごはんを食べている」。
気づかれていないというのはとても悲しいし、気づかれていて「また手首か」とスルーされるのもつらい。
「小銭をにぎらされる」は結構いい。
そんな大きい額じゃなくていい。
「ローションがべたべたぬられる」だと、口に入れた感が増すので、いやだ。
「何かを持たされたが、それが長いのか口に引っかかって持ち出せない」
これなら、少しは試行錯誤して、夫婦をおもしろがらせたいところ。

側転

マンネリが続いてくると、少しは刺激が欲しくなってくるものらしいのである。
ただ刺激といっても、赤信号を側転で横断するとかになると刺激レベルはひどく高い。
その後マンネリを感じなくて済むかもしれないが、ギャグ漫画のような吹っ飛ばされ方をしても文句は言えない。
「吹っ飛び中も側転してる!!」
これでは刺激どうこうというよりは希代の側転好き。
そしてマンネリ問わずすべてを感じなくなってしまうかもしれない。
刺激とは言っても、ほどほどの刺激だ。
肩こりの電気治療機の強弱スイッチを玄関の呼び出しベルと連動させるのはどうだろう。
これ自体はいまいちだが、考え方を変えると「肩こり電気治療機をリモートで操作する」という面白そうなものになったが、すぐに「ぷっすま」じゃん、となって萎える。
しかし何かをリモートで操作できるようにするというのは、まだ面白いかもしれない。
例えば折り畳み自転車をリモートで操作できたらどうだろう。
もちろんここでの「操作」とは、誰も乗ってない自転車がふらふらとしていることではない。
折り畳まれた状態が、リモートでしゃきーんとほどけるのだ。
それはちょうど自動車のかぎをリモートで開けるような感じだろう。
乗る前段階として、かぎをあける。
乗る前段階として、折り畳みがほどける。
より実用性を下げようと考えたとき、この流れで思いつくのは「傘」だ。
リモート操作で、傘がばっと開く。
これは結構面白い。
遠目でばっと開いた傘を見たとき、僕たちはもう「開いた開いた」以外の何を思うというのだろう。
ズボンのチャックはどうだろう。
目覚まし時計はどうだろう。
ひげそりはどうだろう。
マンネリの話は、どこに行った。

前兆ベスト10

毎度お手抜き企画
=====
ゆうれいたちのバイブル月刊誌を、諸都合により入手しました。
=====
「月刊ぬくもり 11月号」
びっくりさせるだけじゃもう古い!!
あのコをより怖がらせる前兆ベスト10!!
10位
レンジでチンしたサバの味噌煮の中のほうが、室温よりも冷えている、ようにする。
9位
マウスのポインタが動かした方向と逆に動く、ようにする。
8位
照明をつけたり消したり、してみる。
7位
背後に誰かがいるような気配を感じる、ようにする。
6位
本棚から本がどさーっと落ちる、ようにする。
5位
何もしていないのに、シンクがいきなりぼこんと鳴る、ようにする。
4位
道路の向かい側にいる黒猫を、呼んでみる。
3位
見えるか見えないかのぎりぎりのところを、出といてみる。
2位
寝ている相手の四肢をおさえて、身動きとれないようにしてみる。
1位
憑いてる相手の今日1日の行動を書き記したメモを、置いといてみる。
先人たちの知恵です。

赤飯をどうぞ。

アンケート8
「なぜ、カカシは効果があるのだと思いますか」
1位:人の形をしているのに、微動だにしない点が気持ち悪い
2位:カカシなのに、すごくいい香水をつけているから
3位:農家の人がいると思ってしまうから
4位:午前2時になるとひとりでに動き出して農作業することが知られているから
5位:効果はない
6位:頭髪が編み込まれているから
7位:設置する前の鳥よけの願掛けがはんぱないから
A「このような結果が出ました。」
B「うーん。カカシって香水つけてんだ」
A「そうですね。ちなみに上位3位までで全体の約90%を占めています。」
B「うん。じゃ、次をみてみよう。」
「民話に、すずめは米を食べていいと神様に承諾された話がありますが、すずめとしてどう思いますか」
1位:これからも米を食べ続けようと思います
2位:虫も食べてみたい
3位:たくさん食べたあとの自分たちを、猛禽類が「いなり」と呼ぶことが許せない
4位:ノーコメント
5位:神様はいい仕事をした
6位:承諾されなかったとしても、米を食べていただろう
7位:次は重婚を承諾してもらいたい
A「4位は親父ギャグですかね」
B「それよりもこれ、すずめに直接聞いてたんだね」
註:
アンケート「熱い紅茶をどうぞ。」
アンケート「幻の原住民をどうぞ。」
アンケート「居酒屋をどうぞ。」
アンケート「お手をどうぞ。」
アンケート「首輪をどうぞ。」
アンケート「おはしをどうぞ。」
アンケート「TSUBAKIをどうぞ。」

フレームシフト

Q:
日々の生活にハリがなく、いつもため息ばかりついてしまいます。
どうすればよいでしょうか。
A:
毎日、延滞直前のDVDを用意してみてはいかがでしょうか。
Q:
最近、わくわくがありません。
何かわくわくできることはないでしょうか?。
A:
毎日、延滞直前のDVDを用意しておく方法もありますが、例えば携帯電話をソースせんべいの上に乗せて、それを水槽に浮かべて出かけてみてはいかがでしょうか。
Q:
たばこをやめたのですが、その反動でいつもイライラしてしまいます。
解決方法を教えてください。
A:
[エラー232]
データが出力できませんでした。
Q:
そもそも趣味というものがあまりなく、もう昼の外食しか楽しみがありません。
日常を楽しく過ごすには何をすればいいでしょうか。
A:
手軽な方法としてはびんぼうゆすりが挙げられます。
また、禁煙パイポをかじっておくのも有効な方法です。
Q:
今日は初めてのデート。
どこかいいスポットを知らないでしょうか。
A:
体を動かすだけで、楽しいものです。
初めてだと敷居が高いかもしれませんが、ジムで汗を流すのもよいでしょう。
そのあとの外食もたまらないものになるでしょう。
Q:
もう、人生に疲れてしまいました。
終止符を打ってしまいたいです。
A:
有名な観光スポットも捨てがたいですが、誰にも邪魔されたくないのでしたら、人気のない場所もおすすめです。
不安でしたら、まずはダブルデートという形でもよいでしょう。

エンジェルボイス

「いやあ、本当にすごい人ですねあなたは!!」
見知らぬ部屋で目覚めた僕は、ベッドの周りを囲む多くの記者風の人たちを黙って見渡すしかなかった。
本当にすごい。
そう出来ることじゃないですね。
それぞれが持つマイクをそう向けられても、何も言えなかった。
ここはどこだ。
なんか、病室みたいだ。
「それはまだ混乱していますよねえ」
少しずつ思い出してきた。
僕は交通事故にあったんだ。
信号待ちをしていると、あらぬ方向からのトラック。
まず僕の車の側面に追突して、それでも速度は落ちないで。
次々に停車中の車をどついていっていたんだっけ。
追突されたとき、僕がどうしたかも思い出してきた。
あのトラックの様子はただごとじゃない。
運転手に何かあったように感じたんだ。
道路沿いの民家の塀にぶつかって停止していたトラックに駆け寄り、自分でも信じられないような力でねじれたドアを開けた。
運転手はゆがんだ運転席に、奇跡的に巻き込まれていなかったけど、胸を抑えて気を失っていた。
どうやら運転中に何らかの発作が起きたのだろう。
追突された車から何人かがこちらを伺っている。
深い傷をおった人はいないみたいだ。
僕はうめき声をあげているトラックの運転手をゆっくりと車外に出し、近くにいる人に救急車を頼んだ。
それに安心し、気を失った。
「いやあ、本当にすごい」
ベッドを囲んだ人たちが言う。
「そうですね。あの時が、もしかしたら僕が生きてきた中で一番役に立った時間だったのかも知れません」
本当、本当ですよ。
いいことをおっしゃる。
そう記者たちが口々にする。
僕もばかじゃないから、どうやら自分が死んでしまったことが何となく分かる。
しかしどうだ。
ここが天国か地獄かわからないけど、周りの人はみんな気を使っている。
目覚めたとき、いきなり死んでしまったことを告げるのはあんまりだ。
どうにかして、ゆっくりとその事実に向き合ってほしい。
そんな空気が、この病室にはにぎれるくらい、充満している。
その気遣いはうれしい。
だから。
うれしいからこそ、僕は大声で言いたかった。
「だったら、そのマイクについてる天使の羽をまずどうにかしろよ!!」

缶コーヒー

自動販売機で缶コーヒーを買う。
出てきた缶コーヒーの裏側を見ると、
①マジックで名前が書いてある。
②マジックで製造年月日が書いてある。
どちらもなかなか楽しい。
そしてこれらが楽しいなら、
③25/1000などと、限定品IDが振られている。
④おばあちゃんのひとくちメモが書かれている。
も案外いい。
しかし、やはり俳句がいいだろう。
⑤初孫の 晴れ着うれしや 七五三
⑥指紋消し 兼ねる新作 スマートフォン
⑦我が妻の 寝てる合間に ありがとう
⑧十二機の リックドムが・・・ コンスコン
⑨省エネよと 動かぬ妻に ありがとう
カン捨てやすい、と締めるつもりでしたが「ありがとう」が面白くなってきました。
⑩防犯だ 夫のいびき ありがとう
⑪風邪気味で ほんとは嘘です ありがとう
⑫カードローン マイカーローン ありがとう
⑬あさましい お前のにやけ ありがとう
⑭宇宙人が 銃器片手に ありがとう
⑮十二機の リックドムよ ありがとう
どうもありがとうございました。

ピンポイント夜話

あの日、私は体調が悪くて会社を早退し、早々に帰宅しました。
家では妻がいるはずなのですが、彼女は電話にも出ず、買い物に出かけているようすです。
私は家につくと、妻に置き手紙をしました。
調子が悪いので休んでいる、と。
ふと、体が妙に汗ばんでいるのに気づきました。
熱があるのかもしれません。
少し躊躇しましたが、熱が出ると、次はいつ風呂に入れるか分からないと考えた私は、シャワーの用意をしました。
我が家のシャワーは微調整が難しく、すぐに熱くなったり冷たくなったりします。
風邪気味なので、いつもよりも慎重に調整したのを覚えています。
シャワーからあがっても、妻は帰ってきていませんでした。
置き手紙もそのままです。
パジャマに着替えた私は寝室に入ると、枕元に置いていた風邪薬を手に取りました。
このとき、何とも言えない気持ちになりました。
自分の寝室なのに、ひどい違和感がありました。
しかし、何だろうとあたりを見回しても、それが何なのか、見当もつきません。
その違和感が拭いきれないまま、私は寝ることにしました。
それも調子の悪いせいと思えたからです。
少しだけ背伸びをしてからベッドに潜り込んで一息ついたとき、私はその違和感の原因を知ることができました。
なんと、枕カバーが裏返しだったのです。
こんなことは結婚して20年来、一度もありませんでした。
ベッドから飛び起きた私は枕を手にとり、隅々まで観察しました。
いつも通りの枕です。
しかし、枕カバーが裏返しです。
なぜ妻は、枕カバーを裏返しにしているのか。
私が徐々に恐怖を感じていったとき、家のなかで物音がしました。
妻が帰ってきていたのです。
私は彼女を問いただそうとも思いました。
しかし、居間からものすごい勢いで走ってくる足音がしたとき、そんな考えも吹き飛んでしまいました。
枕カバーを裏返しにした妻が走ってくるのです。
あの、いつもは枕カバーを裏返しにはしない妻が、枕カバーを裏返しにして走ってくるのです。
私はもう調子の悪いことなんか忘れてしまって、2階の窓から飛び降り、人通りの多い道を選んで走り抜きました。
とにかく全速力で走りました。
こうして私は、出家したのです。