寝かせ時

「それは今寝かせ時でしょう」と言われるものがある。
「へぇボタン」
ちょっとこういうのは苦手だが、がんばって例を出してみた。
「へぇ」と発するボタン。
それは一時期、堤防のフナムシ並みに大量に見かけられた商品だ。
しかし今、それを自慢げに取り出しボタンを押して具合を伺うという勇気を持ちあわせている人はあまりいないだろう。
それはもはや「流行遅れ」という言葉だけでは片付けられない、「寝かせ時に入っている」という雰囲気を出していることが原因としてあるだろう。
寝かせ時とは何か。
何のためにあるのか。
それは細かく分けると4種類あるだろう。
①時代錯誤の落差を楽しむための助走
②懐古の楽しみ
③会話のイニシアチブをとるためのツール
④もう思い出したくないもの
びっくりした。
どうにか4種類出るものである。
①と②はわかりやすい。
「うはーそれずいぶん昔のやつじゃん!!」と飲み会などで楽しむのが①。
それに比べて②は哀愁が漂う。
「ああそんな時代がありましたね」「昔、人間はそんなものを作っていたんですね」。
③はいわゆる「俺は昔のあんなことも覚えてるぞ」を主張するためのもので、寝かしたことはできれば自分しか知らない状態でなければならない。
そして、ここぞというときまで、誰にも触れられたくない。
私感だが、「へぇボタン」には、ここぞというときは結構あると思う。
そして④。
寝かせておいて、そのまま起こさなくてもよさそうなものが世の中にはあるということだ。
これをある人は失敗とするだろうし、ある人は不可侵の神聖な思い出とするだろう。
しかしどちらにせよ、④はどこかにあるらしい埋蔵金だとか、未見の古酒を彷彿とさせる。
M資金に関する事件を鑑みても、何気にみんな大好きなのは④なのかもしれない。

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