手にラメのつくバッグ。

手に持つところがやたらキラキラしたバッグは、何を意味しているのだろうか。
「お前は手元が貧相だ」
しかしこうなると、キラキラしているものは全て何かが貧相であることを物語っていることになる。
そんなことじゃないだろう。
「ここだ!、手に持つところはここだ!!」
親切である。
東京タワーの点滅するライト。
「ここには東京タワーあるから!!」
それとおんなじ意味。
「心はいつも17歳!!」
僕が一番キラキラしていたのは、いつだったか。

軍艦1億2000万乗員 その2

昨日からのつづき。
【あらすじ】
「いくらを惜しまず使用」というCMを見た。
これだけやれば惜しんでないと言えるのではないか。
=====
これを考える上で困るのが、「惜しまない」というのが「無駄遣い」になってしまいそうになる点だ。
「いくらのつぶれたのがパッケージ内側に点々としてる」
これが「いくら惜しまないぜ」と意気込んだ結果であったとしても、それを見た一般は「もったいな」と思うだろう。
おもしろいことに「惜しまない」という意味のひとつにある「もったいがらない」を実行したら、「もったいな」と思わせてしまうことがままあるわけなのだ。
ただ、「もったいな」と思わせることが「惜しまない」ということでもあるから、それはある意味当然。
しかし、それでも「もったいない。無駄」と「もったいないけど、贅沢だなあ」の両方どちらが「惜しまない」ことであるとするならば、それは後者でありたい。
となると、「惜しまない」ことには程度があることに注意しなければならない。
無駄になっちゃだめだ。
それを踏まえて考えてみる「これだけやれば惜しんでない」。
「砂場の砂がすべていくら、いくら場」
ああもったいない。
何やってんだ。
惜しむとか惜しまないとかの状態じゃない。
「いくら場」のコピーみたいになっているし。
しかし、単に「ああそうですか」という感じがしたであろう「砂場の砂がすべていくら」。
少しは掘り下げてみよう。
まず、山を作るのが難しいだろう。
どろどろしているから、山を作ろうとしても勝手に「なれて」しまう。
「いくらの山」
これがどんぶり上なら「惜しまないことの程度」の範囲内であると言えそうなのだが、いくら場はだめだ。
一方、掘る関係も無理だろう。
掘っても掘ってもすぐに近くのいくらがなだれ込んでくるし、トンネルなんて夢だ。
「いくらのトンネル」
多分、じめじめしている。
いくら場については、あと臭いだろうとか、何気に気持ちいいだとかあるが、もういい。
いくら場はもういい。
幾分かいくら場に触れたことで、それでもう十分「これだけやれば惜しんでない」ことになるだろう、いくら場に関しては。
おそらく、いくらを惜しんでないということは「ごはんか何かの上にどっろーといくらをかける」ことしかない。
その器からいくらがこぼれたら、それはもう「無駄」範疇だし、デコメと称して相手の携帯電話をかっさらい、いくらを挟んで返してくるというのもそれだ。
例えば考え方を変えて「雌のサケが全然雄のいないところで産卵している」というのは、無駄だがいくら産み出しのおおもとでもあるので何かしら意図があるとも捕らえられ、それなら無駄というより「惜しんでいない」ことになるのではないか。
しかし冒頭、「惜しまない」ということを考えるには、他者の存在も考慮する必要があることを示した。
他のサケは、決死の覚悟で陸へ上がり、そこで産卵している雌を見てどう思うか。
「いくら、惜しんでないなあ」
「無駄遣いだなあ」
たぶんどちらでもなく、そもそもどう思うか自体もないだろう。
せっかくそんな面白いことをしてくれているのに。
惜しいなあ。

軍艦1億2000万乗員 その1

「いくら」を惜しまず使用というフレーズで気になるのは「いくらを惜しむシーン」について。
あるいは「どれほどのことをやれば惜しんでいないことを示せるか」というのもある。
もちろん両者とも、食べ物を粗末にするようなことは問題外。
食べ物はいつだって惜しまれなければならない。
しかしそれを踏まえたうえでも、相応に考えられることはあるだろう。
いくらを惜しむ。
上記の鉄則を自然界にも当てはめるのであれば、いくらを食する生き物全ては「いくらを惜しみながら食べて」いるのだろう。
自分にはもったいない。
でも食べなしかたがない。
あるいはそうやって食べられていくいくらたちを目の当たりにする海の女王的なもの。
摂理とはいえ愛おしいいくらたちがひょいひょい食べられるさまを見て、女王的なものは何を思うか。
命の消滅を惜しみ、目に涙。
しかし安心してほしい。
たぶんだが、海の女王的なものの涙はいくらなので、収支ゼロだ。
なんだか以前、人工いくらのことをテレビで見た。
それはひどく本物そっくりで、おいしいのだそうだ。
おいしくて本物そっくりなのなら、わざわざ卵を食すことはない。
なんとなくレンネットを思い出させるこの話は、同時に「いくらが惜しいシーン」そのものとも言えそう。
いいんだ、いくらなぞ人工で。
いくらより先のステップは人工でまかなえないけど、まあいいじゃないか。
でも「人工いくら」と聞いて、「うんと、1億2000万人くらい」とか思いついた今の自分は、まあいくないね。
明日、「こんだけのことをやれば、いくらを惜しんでいないね」をやってみるつもり。

鉄二

「この度は本当におめでとうございます。司会をやらせていただきます鈴野と申します」
「こちらこそお願いします」
「ではさっそくなんですが、今回ご結婚されるお二人の司会をやらさせていただくにあたり、お聞きしたいことが」
「といいますと」
「どのようなきっかけ、おつきあいがありましたかを拝見したいんです」
「ああ、なるほど」
「そうすると司会にも艶が出ますので」
「いやあ、そんな人に話すような何かはないんですよ」
「ただ、僕と彼女は趣味が合って、それからなんです」
「え、それって何ですか」
「二人とも鉄道が趣味で」
「ああ、最近流行っていますよね」
「そうなんです。二人とも電車とか線路が好きで」
「それで、サークルとか」
「いや、そうでないんですが」
「ここがすごいんですけど、ぼくら、手相が路線図なんですよ」
「どういうことです」
「ほら、僕の右の手のひら、山手線っぽくないですか」
「ほんとだ!!」
「で、彼女の左手がほら、こう」
「おお、中央線周辺だ」
「ね、すごいでしょ」
「井の頭線まである」
「で、こうやって手を合わせると」
「こりゃ東京都の路線図だ・・・」
「そして手相の人に言わせると、東京から立川の中央線が、結婚線なんだそうです」
「すごいですね、結婚線の開通だ」
「僕が中野まで、彼女が中野から」
「いや、これはほんとすごい」
「まあ、こういったいきさつでして」
「でも、ここまで見事だと、地下鉄とかも欲しいですね」
「いやあ、子供はまだ早いですよ」
「!!!!」

おいしいコーヒーのいれかけかた2

昨日からの続き。
【あらすじ】
「入れたばかりのコーヒーすらあった」というフレーズの「急に人がいなくなった感」。
他にもないか。
=====
お昼ごはんにかったい鶏肉を食みながら、一緒に食べてた人と考えました。
「爪楊枝の先がぬれている」
急にいなくなった度合い:小
いわゆる「まだあたたかい!!」と同じ感じ。
「補助席に子供を乗せた無人の自転車がすーっ」
急にいなくなった度合い:高
これはだいぶ急にいなくなった。
危ないので、どうせなら自転車を降りてから消えたいところ。
「ボディソープのポンプの押す所がゆっくりと元に戻る」
急にいなくなった度合い:高
押し込んだときまではいたのに。
これが出たとき、「急に人のいなくなることは、怖いことなんだね」と結論づけられました。
「おんぶしていた子供が、まだ浮いている」
急にいなくなった度合い:高
何気に、この子もすごい。
「やまびこだけが帰ってきていた」
急にいなくなった度合い:高
完全に山の神を怒らせた結果くさい。
「こんぶのダシがちょうどいい感じになっている鍋があった」
急にいなくなった度合い:中
本来ここを逃してはならないわけだが、いなくなった。急である。
「あと1ピース入れれば完成するジグソーパズルが置いてあった」
急にいなくなった度合い:小
パズルをあてがう時間もなく、いなくなった。
「子供が楽しげに、母親の上着らしい服を手に引いておもちゃコーナーへ向かう」
急にいなくなった度合い:高
一方で、母親の空蝉の術の可能性もあり。
「飲んでいたスープが宙に、食道と胃を形作っていた」
急にいなくなった度合い:高
体内に取り込もうとしているものすら置いて急にいなくなるとは、なんだか律儀。
「トイレの水面が揺れている」
急にいなくなった度合い:中
最初はこれが思いついているものの中でベストでした。
=====
さっそく使ってみよう。
「私が少しだけ目を離したあいだに、彼女はこつ然と消えてしまった。あまりに突然だった」
「そこには、おんぶされていた子供が浮いてすらいた」
・・・まず子供をとらえてみるところから始まりますな。

おいしいコーヒーのいれかけかた

「入れたばかりのコーヒーすらあった」
こういう文章に出会ったのはいつ頃だっただろうか。
恐がりのくせして「世界のミステリー大百科」みたいなやつを見たときか。
あるいは怪奇小説か、ジョジョか。
いわゆる「急に人がいなくなりました」を表現しているこれは、どれほどに当初の僕をビビらせただろうか。
なんせ「入れたばかりのコーヒーすらあった」わけで、それは「いなくなる」要素が少なくとも本人には全くないことをすばらしく端的に表している。
故の、意識せざるを得ない、よくわからんものの介入。
なんなんだ介入。
コーヒーも飲ませてもらえないくらいの、急の介入。
そのスイッチを知らぬ間に押してしまって、自分も近いうち急にいなくなるんじゃないか。
そう思うと、せめて自分のいた形跡でも残そうかとコーヒーをばんばん入れてしまうわけである。
「たくさんの入れたばかりのコーヒーすらあった」
最初のほうのはもはや「入れたばかり」とは言えないし、「すら」じゃないだろう、「すら」じゃ。
次回
「急に人がいなくなりました」を違う表現でやってみよう。

モデり

いつだったか、「ガメラ」は「ワニガメ」という大きいカメをモデルにしたという話を聞いたことがある。
本当かどうかはわからないが、確かにワニガメは角張っていていかつく、大怪獣のようにも見える。
似たような話は他にもあり、例えば山手線は粒子加速器をモデルにしていて、より速くみたいなことを意識していた。
犬の多くはオオカミがモデルなのは良く知られているけど、そのオオカミのモデルがイーヌーなのは、あまり知られていない。
昔はイーヌーがたくさんいて、すぐに腱を狙ってきて困ったけど、今は全然見かけない。
そういえば、この世で一番モデルになっているものを知っているかい。
ハンガーなんだ。
有名なのはヌンチャクで、あれはハンガーから生まれた。
ハンガーにスーツを掛けようとしたとき、それを落としそうになったのを懸命に落とすまいとした行動の結果なんだ。
また、ブーメランもハンガーから生まれているね。
あれも、落としそうになったのを懸命に落とすまいとした行動の結果だ。
外骨格もハンガーだね。
あれはハンガーをぎゅってやってごちゃーってした結果だ。
あとは相模湾とかもだね。
もうあれ、ハンガーまんまなんだから。
モデル過ぎるよ。
ちなみに、特定保健用食品のマークは僕がモデルらしいよ。

ネーミングライツ

例えばマスクに対してネーミングライツ的なものが採用されたとすると、それは「○○マスク」などとその名前だけではあまりにもこう、マスクの用途に対して失礼であり、やはりあのキャンパス。
マスク前面に大きく「SB」とか書けばより映える。
例はとりあえずソフトバンクで、とりあえず言いたいことは言った。
マスク前面に何か書くことはないのかということ。
往年のおもしろ系のものとして「VOW」というものがあり、そこには確かマスクに絵の書いてある商品が。
まあVOWに取り上げられているわけだから、少々装着にためらわれるものだった。
だがそれは、多分に人を笑かそうという悪しき意思が見え隠れしており、それが結果的にVOWカテゴリに所属する原因となっていたのである。
冒頭のSBであれば、面白いどうこう以前に「ああソフトバンクの広告だ」と思わせることが出来るだろう。
広告料のおかげで、単価を下げることも可能かもしれない。
JALでもいい。
いろいろ書けそうだ。
そのままJALでもいいし、滑走路から飛び立つ飛行機でもいい。
ただ、「いい」ということにだけ着目すれば、「血がにじんでいる」のは秀逸だ。
マスクににじむくらいだから、結構な量。
「マスクよりも先にやることがあるはずだ」
見ている人にそう思わせる力がハンパない。
ただ、これを冒頭の考え方にあわせようとすると、どうだ。
「血のにじむことが宣伝になる」
保険会社とか?。

グッドデザイン

本日のディスカッション
「のほう」というものについて
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中略
<ピーチティを選んだ時点でぶりっこもいいところだ>
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「のほう、ってのはどういうことですか?」
「じゃないほう芸人ってあるでしょ。あれだよ」
「で、それでどんなディスカッションになるんですか」
「こないだ友達がさ」
「バーバパパの気持ち悪くないほう、って言ってさ。困っちゃって」
「というと?」
「ほら、たいてい「~のほう」ってなると考えることは2つで、そのどちらかってなるじゃん」
「けど、バーバパパは全員気持ち悪いから、気持ち悪くないほうって言われても困っちゃったんだよ」
「確かに、「のほう」で考えられることがたくさんあると分かんなくなりそうですね」
「タイガースの、きぐるみ着てないほう」
「それは分かりますね。着てるか着てないかの2つですから。ほとんどのタイガースがそれに当たりますね」
「ゴレンジャーの、色違いのほう」
「これはわからない。みんな色も、目のところもばらばらですから」
「バーバパパの、グッドデザイン賞を受賞してないほう」
「グッドデザイン賞を取ってたりするんですか?」
「バーバパパの、グッドデザイン賞を受賞しているほう」
「どちらがバーバパパにとって幸せなんでしょうかね」
「バーバパパの、正月におじいさんが、すおっすおって吸うほう」
「これは幸せじゃないうえに、加害者になる可能性もありますね」

あくびエクステンション

あくびを拡張してみよう。
あくび

さとり
ちなみにあくびがさとりにまで拡張するには、以下の経緯がある。
あくび

受動的深呼吸

かみ殺し

かみ殺しを突破するあくび

ヒヒのものまね

あごが外れて、一段階大きなものをくわえられるようになりました

エアオペラ

ごみいれ

生体大気ろ過装置

宇宙エーテル大パワー取り入れ

宇宙エーテル大パワー+煩悩吐き出し

さとり
さらに拡張してみる。
さとり

なんかもう脂ののった肉とかいいですから

あぶらとり紙いらず

汚れ知らず

シーツ替えず

寝床変わらず

寝床座禅

「宇宙エーテル大パワーを取り入れたこともあったっけ」

「マジカル頭脳パワーって番組、あったっけ」

「マジカル頭脳パワーって俵孝太郎が出てるときくらいが一番面白かったな」

生体大気ろ過による、煩悩取り入れ

「夜、寺から街を望むと、その灯りに誘われている気がするんだ」

夜王
以上をまとめて。
あくびを拡張してみると「ねむたそうな夜王」となり、夜王ってなんだっけというふうになりました。
わかりましたか?。