試食

とにかく「一度試せる」というのは購買意欲においてかなりのアドバンテージであって、例えば試食。
おいしければ買うのだし、そうでなくてもなんとなく食べてしまったからには試食のおばさんまたは試食コーナーに申し訳なく、むしろおいしかったかもと思い直したりして、やはり買ってしまい、すげー読みにくい文。
手軽にできる
「試飲」
「試着」
「試乗」
「試香」
なんかむずそう
「試建」
「試流」
「試爆」
「試炊」
「試組」
「試術」
「試会」

程度によって試せないものもあるが、できるものなら何事も試しておきたいものである。
さて、今回の本題は「試筆」。
万年質やサインペン売り場で落書き帳のようなものがある。
そこで書き心地を試せということなのであるが、もちろんそりゃ試しますけど、試すからには何かいいこと書きたいよね、が人間にはたいがいあるよね。
ね。
そんなところをあすた考える。
※内訳
「試飲」:ワイン、ジュースなどの試飲。そのまま。
「試着」:いけるかいけないかのスリムなジーンズを試着。そのまま。
「試乗」:ハイブリットなカーの試乗。そのまま。
「試香」:その香木がイケてるかを確認。今日初めて知った。
「試建」:試しに建ててみる。
「試流」:セボンの具合から、流れ具合を確かめてみる。
「試爆」:試しに爆破してみる。
「試炊」:試しに同棲してみる。
「試組」:試しに一試合してみる。
「試術」:プロ主導のもと、試しに手術してみる。
「試会」:プロ主導のもと、試しに会談してみる。

ぐもぐも

「シドニージョウゴグモグモ」
非常に強い毒を持つクモである。
噛まれると嘔吐や筋肉の麻痺を引き起こし、そもそもすごく痛いそうだ。
昔、何かの本でこのクモのことを知った。
そして、その毒性や致死という暗めの記述とこえーの気持ちを同時に記憶した。
しかし、である。
それどころではない。
「シドニージョウゴグモグモ」
どうしたのだろうか。
ぐもぐもである。
どう発音すればよいのだろうか。
「シドニー」
「ジョウゴ」
「グモ」
「グモ」
「シドニー」
「ジョウゴグモ」
「グモ」
いずれかだろう。
しかし、「ジョウゴ」というのもなに?という気もするが、何よりもてあまし、そしてよくわからんのが2回目の「グモ」だ。
どういった要件で登場したのだろう2回目のグモ。
昔から「シドニージョウゴグモ」というのがいて、それと似てるけど違う、という意味なのだろうか。
だがそれなら「シドニージョウゴグモモドキ」などと、なんとなくちょい前流行った「へんないきもの」またはこないだの「タモリ倶楽部」のような雰囲気の命名でいいじゃないか。
・・・とまあこんな感じで、このクモを知ったときは「ぐもぐも」の感じの良さを気に入り何度か口にしてみたりで、図鑑を閉じた。
近頃別の本を入手したところ、コイツの項があった。
今日では、多少なりとも「シドニージョウゴグモグモ」は誤記で、ほんとは「シドニージョウゴグモ」。
すなわち「ぐも」ひとつ少ない方が正解なのではないかと考えていた。
・・・その本、文中に「シドニージョウゴグモグモ」ってありました。
こいつはいい。
昔の夢が破られずに済んだ!!。
さいこーだぜ、ぐもぐも。
命名者、にやりだぜ。
「ぐもぐもですか?」
「いいでしょう、ぐもぐも」
「なぜぐもを2回も?」
「オリジナリティを出してみました」
本人に無断で、命名にオリジナリティ!!。
楽しいね。
=====
正解
シドニージョウゴグモ
上記2冊のシドニージョウゴグモグモは、同一もしくはどちらか由来の誤植かも。
ざんねん。

めがねなし2

昨日から。
【あらすじ】
めがねびとが故意にめがねをしてこなかった理由。
?周りの風景の見た目がいつもと違う感じになる
?もの見えてませんフラグの獲得
=====
?について。
めがねをしているのとしていないのとでは、結構風景が変わります。
あと、サングラスをずっとしててはずしたら、やっぱり感じが変わります。
?について。
いつもはめがねをかけているから目は悪い。
そして今日はめがねをしていない。

すごい目つきをしている

コンタクトレンズをしているわけでもなさそう。
これで「もの見えてませんフラグ」がたちました。
気に入らない要件をふっかけられそうでも、その人を無視してよし。
なんとなく耳もうまく機能できてない雰囲気で、聞き流すのもよし。
今日は万全じゃありませんを満喫できます。
=====
終わっちゃったので、ざんねんな一口メモでも書いておきます。
<一口メモ>
校門に、ジャンクマンが!!

めがねなし

普段かけている人が、めがねを着用していなかった場合、それをコンタクトレンズに替えたためであると考えるのは少々軽率であり、かっこつけであるというのも同様。
すなわち、単に忘れたということだってあるのだ。
以前めがねをしていなかったため、その真意を問われたことがある。
その理由として「忘れた」と回答したところ、「めがねを忘れるのはおかしい。見えない時点で分かるじゃないか」とお叱りいただいた。
怒られたのち、そうは言っても忘れたんだからしょうがないじゃん・・・ともやもやした。
いくらめがねを身につける頻度が下着、上着の次くらいに高かったとしても、忘れるものは忘れるのであるから。
しかしこのたとえは困る。
下着、上着はちょっと忘れないよな・・・。
ということで冒頭の問題としては、故意のめがねなしという場合も考慮しなくてはならない。
?周りの風景の見た目がいつもと違う感じになる
?もの見えてませんフラグの獲得
2つくらい思い当たった。
次回、故意のめがねなしの理由について。

認知要因

「橋かけなおしてます」
新宿駅のどこか出口でそんな看板を目にした。
この報告は誰に言っているんだと思いつつ、まあいわれなき工事ではないよという、何らかの国民感情に配慮した看板であるような気もして、ああそうなんだという気持ちになった。
先日、冗長と思いたくなるような距離の道路工事に出くわしてしまったのだが、このときも工事区域の両側には「古くなった道路の補修をしています」という看板があった。
このような看板は昔からあったっけか。
わからないが、どうにも他の意味を持っているような気がしてならない。
「橋、好きですか」
結論は「橋かけなおしてます」になるだろう。
少々遠まわしである。
「これが戦後の日本を立て直した男達の、今の姿です」
おそらくそんな意味はない上に、失礼である。
「つり橋かけなおしてます」
うそも方便。
出会いの場所、新宿駅南口である。

感謝祭その2

昨日から。
【あらすじ】
献血のとき、血を抜かれると気持ちよかった気がする。
=====
献血で管を流れ抜かれゆく血を眺めながら、僕はあることを思い出していた。
「弟切草」。
スーファミであった、ほぼテキストを読んでいくゲームだ。
基本字を読み、ときどきがこーんと雷が鳴ったりききいとトビラが開いたりの効果音。
そしてまれに選択肢。
分岐点でどのような選択をしたかによりエンディングが変化するこのゲームを、正直他意がありつつもやっていた。
その詳細は省くが、なにやら怪しげな洋館に迷い込んだ男女ふたりが、うまいこと脱出できたり片方死んじゃったり、ピンクになったりする。
思い出したというのは、このゲーム内で語られる一説。
それはなんかまぁこう、いろいろあって主人公が屠殺じみた目、首を切断されそうなことになってしまったときのこと。
こんな旨のフレーズが出てくるのだ。
「首を切断してもそんなに痛くない。むしろ血が抜けていくのが気持ちいいという話もある」
確か怪物くん一家みたいな連中がおり、そのうちのひとりがそんなことを言っていた。
首切りのピンチのときに、何をのんきなことを言っているのだという気もするが、彼らなりの礼儀なのだろう。
さて、気になるのはその真偽。
もちろん試そうとなっても、一世一代の大勝負としてはあまりにざんねんであり、体をはる気にはならない。
昔、斬首刑か何かで死にゆくものに「首が切断されてもどんだけ意識があるか知りたいから、切られたあと、何か合図してくれ」と頼んだ人の話のあったような気がする。
興味がないわけでもないが、ちょっと頼みづらいだろうそれ。
「どんな合図をすればいい?」
「切断面から血をどっぱー出すとか」
「それ調節できなくね?」
「声を出す」
「出るかわかんないよ?」
「だっふんだをするのはどう?」
「それは悔恨の念が残る」
確かまばたきをしたんだっけかな?・・・。
ああ違った。
「首を切断したとき、むしろ気持ちいいかも」という点についてだ。
んなこたないだろう、と考えてみるが、結局それまでだ。
それに屠殺というのは、その「うわー」な見た目とは裏腹に、相手への苦痛が思いのほか少ないと聞いたことがある。
どうなんだろう。
ただ一ついえるのは、まあ死にたくないなということくらいだ。
というのを、献血時に考えていた。
首切られてどうこうは、やはりちょっとダメ話題だな、でももしそれが気持ちいいかどうかってなったとしたら、どう調べればいいんだ。
「恍惚の表情をするのはどう?」
「それは悔恨の念が残る」
悔恨の念が残るそうである。

感謝祭その1

「注射システムでさえなければ、いくらでも献血したるわい」という人もいるのではないだろうか。
大抵の人は注射が痛いので、血管に管を入れる献血の方法がなんとか違うやり方になりさえすれば、もっと献血人口は増えると思う。
話は変わっていないようで変わるが、少々昔の献血の話。
何の因果か献血カーに並んでしまい、うかつにも管を通されてしまったことがある。
要はただの献血のシーンなのだが。
僕はよほど深刻な面持ちをしていたのだろう。
「だいじょうぶよ」と、深刻な面持ちの原因行為を行った看護士のおばさんはにこやかに。
ゆっくりと血が抜かれていく。
頚動脈を切られた羊はこんな気持ちなのかと・・・。
と、そのとき奇妙な感じがした。
少し気持ちいいのだ。
何か、はりつめていたものがやわらいだような。
すっきりとしたような。
僕は血圧が高めで、それが血を抜いてもらったことによりちょうどいい塩梅になったりしたのかしらなどと考えたが、その理由は定まらない。
管を抜いたあとも、瞬間は痛かったが、そのあとはなにやら軽妙な感じ。
なんだ、俺は今までずっと、血が少し多いチームだったのか。
今のでちょうど良くなったのか。
今思えば度を越えた献血への恐怖が和らいだのかもしれないし、血圧が一時的に低下したときの症状なのかもしれない。また、血を抜くとき気持ちいいのは一般常識であり、僕がそれを知らなかっただけかもしれない。
このまま何事もなければ、僕は献血注射大好きになっていただろう。
しかしその後、ちゃんと(?)気持ち悪くなってしまい、いまだに苦手分野だ。
で、そんなとき、「血を抜く」「気持ちいい」のキーワードで、僕はまた別のことを思い出していた。
次回・・・スーファミ「弟切草」の話。

ギロチン

「おいおいここにギロチン仕込むのはカンベンしてくれよ」
?コーヒーカップの取っ手
?ズボンの前開き
?のれん
?袖の下
?血圧計
?ネックレス
?美容室
?ウォータースライダー終着地点
?教室入り口
?緞帳
?手術台
?電気椅子
?居間
?「王様の耳はロバの耳」と叫びたくなる穴の中
?ココナッツクラッシュ時の馬場の手
?都庁
?カンガルーの袋
?亀の甲羅(首出入り口)
?鼻孔
?ビジネスクラス

ぼらけ

朝ぼらけの「ぼらけ」が何か、気にならないはずがないでしょう?。
Yahooの辞書で調べてみた。
「夜明け方。あけぼのより少し明るくなったころをいうか。」
ちょっと不安になる言い方。
とにかく「朝ぼらけ」は明け方らしい。
それは「夜の終わり」とも「朝のはじまり」とも取れるとき。
「ぼらけ」とはそんな曖昧なところを示すものなのだろうか。
ドッヂボールぼらけ
ドッヂボールだと思っていたら「なかあて」でした。
いすとりぼらけ
厳密にルール決めしていたのに、同時に座ったりとかなり、ふわふわする。
モンハンぼらけ
ゴッドイーターあたりが怪しいか。
そうでもないか。
ぼらぼらけ
出世魚として有名らしい。
課長補佐みたいなものか。
38度線ぼらけ
ある意味当たってんじゃないか。
生きぼらけ
生きるとは何か。死とは何か。
とかを電車の中で考えたりするが、座れたときは寝る。
トイレットペーパーぼらけ
流せるのか流せないのかが分かれ目。
・・・何気に境界線なんてもののあるほうが珍しいような気もしてまいりました。