生き物との対峙

「蚊取り線香」のたぐいのCMに見られる、「30から50cmくらいの棒の先に蚊の造形物がつけてあるやつ」。
それは大抵「死に際の蚊」を表現するために使用される。
CMも終盤。
効力の発揮中であるその道具付近に突然、蚊の造形物が落ちる。
すると、その蚊の造形物はまるで仮死状態であるかのように、弱々しく痙攣するのだ。
これは確認していない以上、あくまで予測なのだが、あれは「蚊を退治できますよ」を表現しており、さらに蚊の造形物を振るわせる、棒の先の人物がいることを示唆している。
この役割を持つ人物は、実はかなりファンが多い。
ファンによってはその蚊の造形物のふるえ方で、ふるわせている人物を特定することができる。
またあるファンは、そのふるえ方を見てその蚊の生い立ち、そして走馬灯を感じることができる。
「いったん静的になったあとで、瞬間的に動的になるんです」
角田さんはこの道4年の大ベテランだという。
著者はそんな職業の人がいるかどうか知らなかったが、せっかくなのでそのテクニックを見せてもらおうとお願いした。
それを快諾した彼は、インタビューしていたベンチの脇に生えていたねこじゃらしを手に取ると、詳しい説明を交えながら実践してくれた。
「さっき言ったみたいに、静的から動的。それが基本なんです」
「蚊も生き物ですから、動けるときは動くんです。でも、薬が効いてしまって、動けなくなる」
「そのとき、一番重要な瞬間が訪れる。それは数回だけ、蚊が気合で動くシーンなんです」
「いいですか。このときの動きは、こう。」
「トン、ツーツーツー、トン。ツーツーツーツー、ツーツートトーン、ツーツー」
「こう、もう動けなくなっただろうというところで動く、というのが重要なんです」
「これが、ツーツートトーン、トンなど数回トンが来てしまうと、ちょっとまだ効いていませんね」
「CMを見ている人に、まだ蚊大丈夫じゃんと思われてしまいますね」
「でも最近は、なかなか面白い表現をするやつもいるんです。僕の後輩ですけど」
「従来はさっきのが基本なんですけど、そいつのはツーツートトーン、ツーツートトーン、ツーツーなんです」
「そこからツーツートトーン、ツーツートトーン、ツーツートトーン、ツーツー、ですよ。まいっちゃいますよ」
「そしてさらにここで、トトーン、トトーン、トントン。で、トントントン、トントントン」
猫がすっごく集まってきた。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です