明るい未来

「明るい未来を切りひらく」という言い方がある。
会社のパンフレットなどにありそうだが、少々古臭い感じも。
これを「うまいこと言っているね」とみんなが思うためには、それぞれ1.5リンネくらいを、みんな経験しなくてはならないだろう。
※リンネ:
輪廻転生の単位。
1リンネ=まちまち。
さて、この言い方で、わからないことがある。
それは「切りひらくのは何か」ということだ。
不思議な言葉だ。
言いたいことは「明るい未来が訪れます」みたいなことだと思うが一方、それを切りひらきますと言っているのだ。
・何かを切りひらくと、明るい未来が手に入るのか。
・明るい未来を切りひらくと、何かが手に入るのか。
どっちのことを言っているのだ。
前者の場合、問題は「切りひらく対象」の正体である。
明るい未来が手に入るなら、かなり貴重なものでも切りひらいてよいだろう。
となると、関さばが正体である可能性が、濃厚だ。
やはり、切りひらくと言ったら、魚である。
また、関さばはなにやら貴重と聞いたことがあるし、同様に価値の高い本マグロなどだったら、切りひらくではなく、解体という言葉を使っていたはずだからだ。
「明るい未来を解体する」
うーん。関さばの方だね。
一方、後者の場合、問題点が2つある。
・何が手に入るのか。
・「明るい未来」を切りひらくには、どうしたらよいか。
何が手に入るかは、明言されていないため、なんともわからない。
例えば、会社のパンフでこの言い方が使用されていたとしたら「明るい未来を切りひらいたら、本社がありました」というのが、いいか。
しかし「明るい未来を切りひらいたら、うちの社長がいました」とまできたら、少々めんどくさい。
社長、出たがりすぎるじゃんと思う。
また、この問題については、見方を変えると「とりあえず切りひらくだけで、特に何も手に入りません」という解釈も可能ではある。
だが、こうなる。
「明るい未来を切りひらく」
「とりあえずそれは置いといて」
これでは、彼の明るさが逆に悲しすぎる。
ここでなんと、一つ目の問題が解決しないまま、もう一つに進むが、「明るい未来」を切りひらくというのも、なかなか珍奇である。
どうすればいいのか。
まず、触れるのか「明るい未来」。
これまたどうにもアプローチしにくい問題であるが、その分、色々試してみる価値があると言える。
南蛮漬けに使用する小あじに「明るい未来」を混ぜておく、というのはどうだろう。
※さっそく「明るい未来」が触れるかどうかが超重要になるが、少なくとも文章として表すことはできたので、勘弁してもらいたい。
小あじに「明るい未来」を混ぜておいた場合、知らないうちに以下のような順で切りひらきが行われるはずだ。
小あじ

小あじ

小あじ

明るい未来

小あじ
明るい未来を切りひらいたあなたは、こう思うはずだ。
「知らない間に、切りひらいていました」
方法なんてわからなくていい。
切りひらけたのだ。
素直に喜ぼう。
しかし、このような方法を行う場合、小あじではなく、いきなり明るい未来を手にする可能性も否定できない。
明るい未来

小あじ

小あじ

小あじ

小あじ
そのとき、明るい未来のことを意識してしまうと、思うように手が動かなくなるかもしれない。
極力、明るい未来のことは忘れたほうがいい。
・・・
結局なんら解決しないまま、終わってしまうことが特に残念ではないが、今回の身のない話で、以下の2つの捕らえ方、それぞれにメリットがあることがわかった。
・何かを切りひらくと、明るい未来が手に入るのか。
→関さばさえ手に入れば、明るい未来が手に入る。
・明るい未来を切りひらくと、何かが手に入るのか。
→いきなり明るい未来を手にする可能性がある。
一長一短だネ。

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