月の精の、なせる業

「寝る子は育つ」っていうけど、それは身長の話。
体質や人格の構築みたいなものが考慮されていたとしても、せいぜい中学生までのことを言っているんだと思う。
高校生にもなると、寝てばかりじゃだめなんだ。
勉強もするし、友達づきあいもある。そして恋愛も。
「マイ☆ボス マイ☆ヒーロー」でもそんなことを言ってた。
よく、卒業後に「学校はよかった」と思いにふける人の話を聞くけど、僕は今でも充分、学校というのは居心地がいいと思う。
特に図書室はとても神聖だ。静かで、ここだけ空気が洗練されている。
結界がはってあるような感じだ。
毎週水、金曜日に僕はここにやってくる。
そして、目的の本を手にして日の差した窓側の机を前にして座る。
何だかこの世で唯一、自分のためだけに書かれた本を開いている気持ちになる。
この図書室では、本を借りるために窓口にいる図書委員に貸しカードの処理をしてもらう必要がある。
毎週水、金曜日の窓口担当は2年3組の女子生徒だ。
名前もよく知らないけど、彼女と二言三言話すためにも、僕は図書室に通っている。
いつだったか。
いつもどおり図書室に本を読みに来ただけなのに、なぜか心臓の鼓動が高まることがあった。
治まる気配がなかった。
図書委員の人を意識したことはなかったけど、どうやらその子が担当のときにドキドキするようだった。
ドラマのような運命的な出会いではなかったかもしれないけど、こういうことには慣れていなかったけど、僕は彼女に恋をしていることくらいは分かったんだ。
そして、図書室にめぐってくる週二日が僕にとって重要なものになっていった。
急展開なんてない。毎回決まりきった会話と、その間に入れる選び抜かれた言葉たち。
けど、その空間で僕の心臓は激しく鼓動した。
せつなさで息づかいがうまくできなくなった。
今日は金曜日。
いつもどおりに図書室に行く。
当たり前のように図書委員以外、誰もいない。
鼓動は音として聞こえない。
息づかいがおかしいのもばれてはいないだろう。
彼女にとって、僕はごく普通の本好きのはず。
タイトルも見ずに、ただ探しているふりをして一つ、本を手に取る。
そして、いつもの席に向かう。
ふと、その机の上に何かが置かれているのに気付いた。
白い、小さな箱。
手にとってみる。
「救心」だった。
どうき、息切れに効く薬だ。
窓口では彼女がこちらをみてニコニコしている。
この薬では、僕のどうきは治せないな。
追記
救心の効用「どうき、息切れ、恋の病」みたいにして書く予定がこんなことになりました。
原因は、タイトルどおり。

「月の精の、なせる業」への4件のフィードバック

  1. SECRET: 0
    PASS: 74be16979710d4c4e7c6647856088456
    へえ。
    高みから物を言うつもりはないけど、
    正直よく書けていると思った。>何様か俺
    あれだ、今の勤め先から物書きに転職するといいらしいよ。

  2. SECRET: 0
    PASS: 74be16979710d4c4e7c6647856088456
    「どうき、息切れ、恋」のどちらにしようか迷いました。

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